| 怪談・骨董 |
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| 作家 | 小泉八雲 |
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| 出版日 | 2024年02月 |
| 平均点 | 7.00点 |
| 書評数 | 1人 |
| No.1 | 7点 | クリスティ再読 | |
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(2025/12/31 21:20登録) さて今年ラストは小泉八雲で締めようか。まあ朝ドラが「ばけばけ」で八雲がモデルというのもあって、各社いろいろな版が出ているね。今回は河出文庫で「怪談・骨董」の合本。とりあえず海外作家にしておいたけど、英語で著述して翻訳を読んでいるわけだから、そっちのが収まりがいいかな。「東海道四谷怪談」「牡丹灯籠(か累ヶ淵)」と日本三大古典ホラーである。 もちろん「耳なし芳一」「貉(のっぺらぼう)」「雪女」といった話は有名過ぎて日本人なら誰でも知ってるだろ?レベルである。そういう超有名怪談が含まれている短編集なんだけども、改めて読むとかなり印象が違う。ホラーかというとそういうものでもない、という感覚なんだ。民話的な懐かしさの方が先に立ってしまう。また、厳密に怪談というわけでもない怪異譚も多くて、確かにスピリチュアルなものが関わる話ではあるのだが、その内実は深い愛情の表現だったりする。「雪女」だって情愛深い雪女の姿が心に染み入るし、生まれ変わって再婚する「お貞の話」など、ロマンチックと言えばまさにそう。怪異にはその物語的な「意味」があるわけだ。そして「元話が中抜けしている」などと言い訳しつつ、あえて空白を残しつつ語られる話の数々。読者が自分から「意味」を探すように促されているかのようだ。 こういう認識は、日本社会のネイティヴである私たちの認識とはやはりズレている部分があるのだろう。外来者が驚きで目を見開いているような、そして日本文化を理解しようと懸命に頭を働かせているさまをビビッドに今の日本人である私たちが感じる。そういう面白さのようにも思うのだ。 開国により欧米人が日本を訪れた手記はいろいろと刊行されている。アーネスト・サトウやオールコック、シュリーマンならまだ幕政期であるし、明治初頭ならイザベラ・バードの旅行記は徹底している。そういう手記を改めて編み直した著書として渡辺京二の「逝きし世の面影」があり、いかに欧米人がかつての日本に魅了されていたかが分かるのだが、そういう系譜の最後のものがこの「怪談」なのだ。近代化の中で失われつつある「逝きし世」の記憶が、このような庶民の一見非合理であるがその奥に理を越えた納得感をもった「生き方」として、八雲の著述に定着されている。 これが一番はっきりしているのが「骨董」に収録の「ある女の日記」。八雲が入手した庶民の女性の日記を八雲の解説とともに収録している。役所の小使いの夫の後妻に収まり、3人の子を産みながらいずれも命短く去り、本人もおそらく40前に亡くなっている。客観的には幸せではないかもしれないが、身内を和歌や俳句を交わし合い、神社仏閣に参拝し、芝居を見物しといった日常が淡々と記されている。この淡々とした「生き方」が、まさに江戸からつづく庶民の「逝きし世」の生というのものなのだろう。 「怪談」もホラーではなく、そのような「逝きし世」の生を彩るファンタジーとして理解すべきだろう。 |
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