| メデイア ギリシャ悲劇 |
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| 作家 | エウリピデス |
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| 出版日 | 1986年03月 |
| 平均点 | 9.00点 |
| 書評数 | 1人 |
| No.1 | 9点 | クリスティ再読 | |
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(2025/12/30 14:37登録) 弾十六さんが「オイディプス王」をされているから、まあギリシャ悲劇もいいじゃないの。というわけで子殺しを題材にした「メデイア」である。 「オイディプス王」は言ったらなんだが、殺人というよりハズミで殺しちゃったに近いからね。こっちは実の母親が自分の2人の子ども(幼児)を明白な意志の下に殺害する。だからこそ、ミステリ的には明白な「ホワイダニット」の作品になるというものだ。 異郷からの冒険者イアソンと恋に落ち、祖国の宝物を奪って故郷を捨てたコルキスの王女メデイア。しかし、ギリシャに戻ったイアソンは、コリントス王家の姫と打算的な結婚をしようする。二人の幼児を抱えたメデイアはイアソンに訴え、婚家の主クレオンに懇願するが、追放が決まる。復讐に燃えるメデイアは花嫁とクレオンを贈り物に仕掛けた毒で毒殺し、それに愕然としてメデイアを詰るために訪れたイアソンに、すでに子供も殺したことを告げる。そしてメデイアは神が遣わした竜車に乗って去る。 かなり血なまぐさい話である。 女というものは他のことには臆病で、戦さの役には立たず、剣の光にもおびえるものですが、いったん、夫婦の道をふみにじられたとなると、これほど残忍な心を持ったものもないのですから。 魔女メデイア。イアソンの冒険の成功もメデイアの魔術と知略に大きく負っている。そしてメデイア自身の恋は、祖国を捨て、弟を惨殺しなどの大きな代償を払っている。その犠牲と貢献が全くの無駄であり、夫イアソンは自身の利益のために新しい妻を迎えようとしているのだ.... だからこそ、メデイアの復讐に道理はある。花嫁と父王を毒殺するのはまさに魔女の矜持でもある。しかし二人の子を実の母が手にかける....この「謎」が最大の作品テーマでもあるし、このギリシャ劇が高い知名度と上演機会を今でも持つ理由でもある。だからこそ、本作は「ホワイダニット」として見られるべきなのだ。 イアソンとの直接対決では「あなたの苦しめようために」とメデイアは突き放す。しかし、その後にメデイアの祖父である太陽神ヘリオスが遣わした竜車に乗って去る姿は、かぐや姫にも似ている。天から遣わされた者は地上に痕跡を残さずに去らなければならないという、浄化の儀式めいた供犠にもメデイアの子殺しは見えるのだ。ギリシャ劇の宗教的背景からこれが正解に近いのかもしれない。 しかし別伝もある。実はメデイアは子殺しのつもりはなく、神殿に匿ったさいの過失死だったという話、国王父娘の復讐のためにコリントス人に殺された、さらにその死の責任をメデイアになすりつけたなどなど、これを冤罪とする諸説がギリシャの昔からある話でもあるのだ。それほどにこの子殺しの衝撃が深いものだったことが窺われもする。 しかし、劇の直接のコンテキストから外れれば、外国から来た魔女メデイアという異質な存在の問題とも捉えることができよう。 底知れぬ邪悪な知識を備え、イアソンを救うために、自分の弟を殺して死体を撒いて、追跡の船団を足止めした伝説の魔女。そしてイアソンの復讐のために、ぺリアス王を欺いてその娘たちに殺させるという策略までもめぐらせた智慧。このような「悪評」と畏怖が、「魔女メデイアならば子殺しもありうる」というありえない行為の「構図」を成立させたのだろう。そこに「理由」を見出す行為が、「なぜ?」というホワイダニットなのだ。 ありえないからこそ、ありうる。 このダイナミズムがホワイダニットが抱える逆説である。ギリシャの昔から私たちはそれに魅惑され続けているのだ。 |
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