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ミステリの祭典

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熱病の木

作家 ルース・レンデル
出版日1988年12月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 Tetchy
(2025/08/08 00:28登録)
『カーテンが降りて』に続くレンデルの第2短編集が本書だが、実は第3短編集である。第2短編集である“Means of Evil”は未刊行。

私の印象としてはこれまでのレンデル作品はこすっからい小悪党がちょっとしたミスやいつものルーティーンから外れたことが起きることで自身の悪事が露見し、罰を受けるような物語が多かったように思うが、本書ではむしろそれら悪意ある人物がうまく立ち回ることで生き長らえるといった結末が多かったように思う。
それは罪を犯す側に軍配が上がる結末が5割もあるからだ。

また偶然かもしれないがカードの裏と表のような対になっている作品があるのも特徴的だ。
例えば「私からの贈り物」と「女を脅した男」や「悪魔の編み針」と「思い出のベンチ」は対称的な作品である。

そしてやはりレンデルは実に人間らしいテーマを扱い、我々を物語の渦中に引きずり込む。
表題作はいわゆる成田離婚と呼ばれる、旅行中に起こる夫婦の不和を扱ったもの。
発達障害の仕事仲間をいつも馬鹿にしている男たち。
女にもてることを鼻にかけて、自分の思いのままに振舞っていた男と散々尽くしたのに捨てられる女。
地味な姉と華やかな魅力を持つ対照的な姉妹。
人間誰しも聖人君子ではなく、それぞれが生まれながらの性癖や思考に嗜好、そして生活環境によって形成される性格があり、それらは千差万別であるがゆえに、それらが合わさった時に生じる不協和音を違和感なく語り、そして時にブラックに、時に爽快に物語を結ぶのだ。それは時に共感を伴う。

本書における個人的ベストは本書中最長の「毒を愛する少年」だ。
毒を作るのを趣味にしている少年が自分の部屋の整理中に預かった親戚の子が昔作った朝鮮朝顔の毒を飲んでしまい、大騒ぎになるが、結局無事に終わる。そして子供を預けた母親は再婚相手から婚約指輪を貰って満面の笑みで病院に迎えに来る。彼女は誤って毒を飲ませてしまったことを詫びる少年に対して単に色付きの水を飲んだだけだと判っていたから心配してなかったと歯牙にもかけない。
この台詞に隠された真意は誰もがあることに思い至るがレンデルは敢えてそれに触れずに少年の意味深な台詞で締め括るのだ。この引き算が実に上手い。こういう作品こそが印象に残り続けるといういいお手本の作品だ。

次点は「メイとジューン」を挙げる。いわゆる月とスッポンのような姉妹の一人の男を巡った半生記であるが、一般並みの容姿とこれといった特技もない平凡な姉が容姿と頭脳に恵まれた妹に最愛の恋人を奪われたことをずっと恨んでいる陰湿な物語である。
内容としては実にありふれたものだが、レンデルに掛かるとそれは何とも皮肉でピリッと辛さと苦さの残る結末になる。最後の台詞は警察には強盗に入られたショックについて話したように聞こえるが、読者にとっては最後まで妹に彼氏を盗られていたことを知ったショックだと判る、何ともうまい締め括りだ。この台詞も印象に残る。

レンデルは長編もさることながら短編も名手であることは既に証明済み。従って第2短編集が今なお訳出されていないのはもったいない。
鬼籍に入り、もう長らく訳出が途絶えている作家だが、やはりこの味わいは捨てがたい。ヘレン・マクロイのように再評価が始まり、未訳作品の訳出がいつか進むことを期待したい。

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