home

ミステリの祭典

login
日本探偵小説全集3 大下宇陀児 角田喜久雄集
日本探偵小説全集

作家 大下宇陀児、角田喜久雄
出版日1985年07月
平均点8.00点
書評数1人

No.1 8点 クリスティ再読
(2025/06/15 12:29登録)
2作家合本で、長編はそれぞれ別途書評。でも短編が10本収録していて、名作も目白押し....だったらやや異例ですが、こんな感じで「本」として論評することにしましょう。もちろん長編作「虚像」「高木家の惨劇」は両方とも大好きな作品。
でも「情獄」「凧」「悪女」「悪党元一」(大下)、「発狂」「死体昇天」「怪奇を抱く壁」「沼垂の女」「悪魔のような女」「笛を吹けば人が死ぬ」(角田)という短編の豪華ラインナップも長編に劣らない。

で、大下角田両者とも、いわゆる「本格」の興味からはちょっとズレたところでの面白さというのが、とくに角田の短編からも感じられることになる。大下ならば悪を行う人間の心の奥底の「善性」みたいなものの面白さが通底しているが、逆に角田ならば直接には悪を行わない人間の、心に潜む「悪性」が噴出するあたりの興味が、実は処女作「発狂」から戦後のクラブ賞「笛を吹けば」に至るまで、しっかりとこれも一貫している。まさに合わせ鏡のような面白さというべきである。そうしてみれば「復讐マシーン」として自らを律する男の話として「凧」と「発狂」は好対照でもある。さらに言えば不可抗力的な事故に見せかけて、親友の妻を奪う話の「情獄」「死体昇天」も逆転したかたちで好対照になる。こっちは発表も1年しか違わないようなので、大下が角田から刺激を受けたと見ることもできるのではなかろうか。
まさに解説で日影丈吉が戦前では本格物よりも「変格物に優れた作品が多かった」状況を、

そのかわりに雑誌<新青年>を拠点として、探偵小説という包容力の大きな名のもとに、新しい形式の読物が出現した。探偵小説の変格ではなくて、起源を考えれば、もっと古いところにあるかも知れない、新しい形の小説が花をひらいた。

と総括するのは実に正しいことだと思う。新青年が作り出した昭和初期のエンタメ・ワールドは、海外のどこにもない空前のオリジナルな世界だったと評者は思っている。

そして戦後ともなると大下は「悪党元一」が飄げた市井の悪人、というか今見ればADHDっぽい無責任さで世の中のを渡っていく男の善と悪の話として、善悪が裏表の関係にある人間の真実を告げているのに対して、角田は「悪魔のような女」「笛を吹けば人が死ぬ」の2作で、刑法的な罪にはならない「操り」を行う人間の心の地獄を描いてみせる。角田の2作の到達点なら、クイーンの「操り」の大部分は浅薄なアイデアに過ぎないレベルになってしまう。いやそのくらいに角田の2作が描いた「悪」の世界の深みは、それが「発狂」以来の総決算というべきものだろう。

そうしてみれば「探偵小説」とは日本人が「悪」の問題を正面から扱おうとした、まさに「文学」だったのかもしれない。

1レコード表示中です 書評