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ミステリの祭典

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悪夢の宿る巣

作家 ルース・レンデル
出版日1987年06月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 Tetchy
(2025/06/07 01:42登録)
レンデルにはいくつかダメ男の話があるが、本書もその系譜に連なる作品だ。

今回登場するダメ男スタンリー・マニングはいわばヒモである。
労働意欲に欠け、何をしても長続きせず、本書でも最初はガソリンスタンドの接客係をしているが、それも辞め、花屋にも勤務するが、それも自分に合わないと云ってすぐに辞める。
そんな彼が嵌っているのはクロスワードパズルで、いつも頭には単語のことを考えており、新聞のクロスワードを解くのみならず、クロスワードメイカーとなることを夢見て、タテのカギとヨコのカギとなる単語を考えている。
ちなみに本書の原題“One Across, Two Down”はクロスワードパズルでは「横の1番、縦の2番」という意味である。
そして彼はそのネタを仕入れるのにクイズ番組を観ることを習慣にしているが、同居している義母のモードが観たい連続ドラマと被っているため日常的にチャンネル争いをしている、40歳の男である。

しかし欲望がないわけではない。金に対する執着はすごく、過去に会社の金を横領して刑務所に入った経験もある。しかも妻が不在の時にはコートのポケットをまさぐって小銭をせしめようとまでする。またモードが2万ポンドもの貯えを持っていることを知ると、彼女を持病の高血圧で早めにポックリ逝くよう彼女の薬を入れ替える工作を行うようになる。
基本的に面倒くさがりだが、自分の好きなことや目的のためなら労を惜しまない、自分の利益を常に追求することを最優先にして他者への貢献や援助の心が薄い人物である。

このダメ男を支えるのが妻のヴィーラ。
彼女はドライクリーニング店で働き、マニング家の生計を担っている。かつては昔馴染みの男性で今は銀行の支店長をしている身持ちのしっかりした男がいたにも関わらず、なぜか自堕落男のスタンリー・マニングを選んで結婚したのだ。
しかも彼女の母親モードによればスタンリーの風貌は性格の欠点を補うような容姿の持ち主ではなく、背も低く、彼女はおろか読者でさえもなぜこの女性がこんな男と結婚したのか理解に苦しむ。彼と結婚したきっかけは彼との間に子供が出来たことで大急ぎで結婚式を挙げたからだったが、結局その子は流産して子のない夫婦として今に至っている。

そして物語が進むにつれて42にもなってレストランの予約や飛行機のチケットの取り方、旅行のプランの立て方などが解らない、世間知らずなお嬢様であることが次第に判ってくる。
更に彼女はスタンリーが彼女の金を使い込んだり、職場をすぐに辞めたりしても、彼が自分を愛していると知ると全てを許してしまうのだ。
つまり世間慣れしていない女性だが、清廉潔白な男性よりも少し影があるような男性に惹かれ、愛情に飢えている女性、それがこのヴィーラなのだ。

しかし傍目から見れば彼女は正直仕事も頑張れば家庭も家計も一人で切り盛りし、更に夫のやることに干渉しない実によく出来た女性である。またまともに化粧すれば男性の目も引く容姿もある。唯一の欠点が男性を見る目がなかったこと。
いわゆるダメンズ好きな女性なのだ。

そしてその母親モードは娘を不憫に思って脳梗塞で入院した後に強引に同居してきたのだった。
彼女はなぜスタンリーのような男性と娘が結婚したのか理解できないでおり、早く離婚させて自分の貯金を使って新しい家を買って2人で一緒に暮らすことを考えている。従って娘婿のスタンリーを嫌悪しており、いつも彼との間に口論が絶えない。一方彼が前科者であることから虎視眈々といつか自分の命と遺産を奪おうと狙っていると思っている。

献身的な妻とヒモのような夫、そしてそれをよく思わない母親が一つ屋根の下で暮らしている、決して雰囲気がいいとは云えない家庭がマニング家だが、ただどこにでもある家庭ではあり決して特別ではない。

世間を知らないダメ男と同じく世間を知らない真面目女。世間を知っていたのが妻の母親だったが、彼女は性格が強すぎ、あまりに露骨な態度ゆえに実の娘さえも嫌悪感を抱いてしまう。
歯車が噛み合わない家族の物語はレンデルの筆に掛かれば人生喜劇ではなく人生悲劇でしか終わらない。

しかし毎回思うがレンデルはクズ男を書かせると上手い!実にリアルである。本当にこんな身勝手なダメ男がいるよなぁと思わされる。
しかもこういう男はこういう風に考え、そして行動するだろうと違和感なく思わされるのだ。本書のスタンリー・マニングは上述のように労働意欲のない、クロスワードパズルに熱中する、いわば楽して趣味に没頭したい、あるいはその趣味を職業にしたいと思っている、どこにでもいる男だが、この後もレンデルは様々なダメ男を登場させて色んな物語を紡ぐ。よほど男性に対して辛い目に遭ってきたのだろうか。いつも彼女の彼らに対する筆致は痛烈である。

しかし初期の作品であるせいか、レンデル特有の運命の皮肉風味が薄かったように思う。
云わば収まるべきところに収まった結末だ。クズにはクズらしい結末を望んだ読者には溜飲の下がる思いがするが、ミステリの女王となったレンデル作品を読んだ身としてはやはり物足りない。
もっと痛烈な仕打ちを期待したかった私はちょっと危険な考えの持ち主なのだろうか。

クロスワードパズルに没頭した男は自分の人生においては大金を手に入れて悠々自適な生活を送ると云うタテのカギと骨董商という新商売で生活を豊かにして妻と幸せに暮らすヨコのカギをうまく繋げることが出来なかった。

本書の趣向に沿ってこんな風に纏めてみたがいかがだろうか。

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