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ミステリの祭典

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鮎川哲也自選傑作短編集

作家 鮎川哲也
出版日1977年01月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 クリスティ再読
(2025/05/22 13:00登録)
鮎哲さんの短編といえばその長いキャリアに比例して、大体250篇ほどあるようだ。
その中でも評者はちょっと忘れられない作品があって、いい機会なので読むことにした。それがこの短編集収録の「ああ世は夢か」である。

意外な選択かな。鬼貫も星影もバーテンも登場しない、非パズラー作品である。

明治に起きた野口男三郎事件という猟奇事件(幼児を誘拐殺人して臀肉を削いで、それを煮詰めてハンセン氏病に効く薬を作り義兄に飲ませた...)を題材に、この男三郎が獄中で作詞した演歌「ああ世は夢か」を、二人組の演歌師が歌うことになった話をちょっとした悲恋と絡めてある。

哀切な雰囲気の青春もの。評者確か広論社「緋文谷事件」で読んだんじゃなかったかなあ...強く印象に残っていたので、もう一度読みたかったんだ。

で、この短編集、清張をはじめ森村・都筑・佐野・結城などなど当時のトップ作家たちに「自選」で選んだ短編に写真アルバムと本人書き下ろしエッセイで読売新聞社が編んだ本。鮎川が選んだ自選の内容も興味深い。

非パズラー:絵のない絵本、マガーロフ氏の日記、ああ世は夢か、人買い伊平治
倒叙:小さな孔、水のなかの目、皮肉な運命
謎解き(非名探偵):かみきり虫
鬼貫もの:まだらの犬、首

と非パズラーの比重が多い短編集になっている。で、この短編集の中でもシンガポールの娼館を舞台にした復讐譚「人買い伊平治」も出来がいいし、「絵のない絵本」はアンデルセンの同名作にちなんで「ファンタジー・ミステリ」という毛色の変わったもの。「マガーロフ氏」は鮎哲らしいロシア知識を生かした奇譚。

鮎川哲也という小説家の幅の広さを感じさせる。やっぱり表現者って、ハタから見ているほどには「ジャンルへの忠誠心」ってないんだよ。「いろいろ、やってみたい」ものなのだし、そういう意欲の部分でこういう「脇道な佳作」があるというのも作家の実力というべきだ。

そういう見方をすると、ミステリ「本道」な自選作も傾向が見えてくる。ちょっとしたオタッキーなトリビアを駆使したオチが決まっている作品を選んでいるんだよね。珍種のカミキリムシを小道具にした「かみきり虫」、交響曲第五番を取り違える「皮肉な運命」、そして毒入りボンボンを作る「型」にオーディオの真空管を使う「まだらの犬」...小道具の洒落た使い方になっている作品を鮎川氏本人は気に入っているように感じる。

そういうしゃれっ気も、しっかりと鮎川哲也の魅力の一つである。
(ちなみにその真空管、テレフンケン12AU7は今でもセカンドソースの生産があるロングセラー真空管だそうだ。そういうあたり、うれしい)

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