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ミステリの祭典

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廃墟の東

作家 ジャック・ヒギンズ
出版日1979年08月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2025/03/08 08:22登録)
(ネタバレなし)
 1960年代半ばのグリーンランド。「わたし」こと、かつてアル中になりかけながら克己した30代半ばのパイロット、ジョウ・マーティンは、自分の所有するオッター水陸両用機で、個人営業の輸送業を営んでいた。そんな彼と若いパイロット仲間のアーニイ・ファスバーグのもとに、ロンドンの保険会社の者と称する調査員から依頼がある。それは一年以上も前にグリーンランドの氷原に不時着した輸送機の調査だった。輸送機の内部には二人の男の死体があったが、さる学術調査隊が彼らを発見。埋葬したのち、その情報をロンドンに持ち帰ったことから、その死体が行方不明のとある人物のものではないかと思われたらしい。マーティンは仕事としてこの案件に関わるが、やがて事態は意外な真実を見せていく。

 1968年の英国作品。
 すでに「ハリー・パタースン」「マーティン・ファロン」「ヒュー・マーロウ」の三つの名義で20冊以上の著作があった作者ヒギンズが、初めてその「ジャック・ヒギンズ」名義にて上梓した長編。
(『獅子の怒り』と『闇の航路』の方が先だと思っていたが、そっちは原書では別名義だったみたいね!? 『鋼の虎』はどーなんだろうか?)
 評者は今回、元版のハヤカワ・ノヴェルズ(HN)版で読了。

 二段組で活字みっしりの字組ながら、総ページ数は170ページ弱とやや短めの長編。だがグリーンランドの北海や氷原の叙述には、英国冒険小説界の先輩ハモンド・イネス御大に通じる重厚な自然描写の厚みがあり、当時ここでまた新規のペンネームで新作を綴る作者の意気込みを感じさせる。
 脇役として、百本以上の映画に出ながら今は一線からやや身を引きかけた老俳優ジャック・デスフォージが強烈な存在感を発揮。一応は主人公マーティン側だが、やがて物語が進むにつれて微妙に変遷してゆくその立ち位置と、最後の決着ぶりも読者の読みどころとなる。

 さすがこの時点で実質的に20数冊の著作があるベテラン作家、総じてお話の転がし方も登場人物の配置もうまいが、後半、とあるターニングポイントの場面で「え!?」と驚かされた(もちろんここでは、どーゆー方向や成分のサプライズなのかは言わない)。
 なんかこの辺も、すでに書き慣れた感じの作者が、新規の筆名の著作のなかでいかに読み手を沸かせるか、ニヤニヤしながら仕掛けてきた感じで面白かった。
 クロージングのある種の抒情性は、のちのヒギンズの某作品でリフレインされる種類のものだが、そっち(そののちの作品)で割と印象的に語られた文芸テーマの萌芽がすでにこの段階であったと認め、長年のヒギンズファンの末席には、ちょっと感慨深くもあった。

 いずれにしろ、短めながらコンデンス感の高い、イネスばかりかどことなくライアルっぽいティストもある、佳作~秀作。
 作者のファンなら、いつか一度は目を通しておいて欲しいとは思う。

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