江戸川乱歩トリック論集 中公文庫オリジナル |
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作家 | 評論・エッセイ |
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出版日 | 2024年10月 |
平均点 | 9.00点 |
書評数 | 1人 |
No.1 | 9点 | おっさん | |
(2024/12/28 09:27登録) ミステリのテクニカル・タームとしての “トリック” は、和製英語ではないか? という問題提起が、八〇年代に小鷹信光氏によってなされ、業界内で話題になったことがありました。海外ミステリに精通する小鷹氏の見解だけに、傾聴に値するものがありましたが、率直に言ってその意見は、誤りです。 反証としては、有名どころを例にとれば、ジョン・ディクスン・カーの無類に面白いエッセイ「地上最高のゲーム」を、ダグラス・G・グリーン編The Door to Doom and Other Detections 収録の原文と照合してみれば、訳文の「トリック」に該当する部分は、カーもちゃんとtrick で表記していることが確認できます。 とはいえ、謎や意外性に奉仕するミステリの仕掛け、企みをtrick と表現する論者が、本場では、日本にくらべて圧倒的に少ない(多くは plot に包摂させるか、でなければdevice とかgimmickとかを用いることがが多い)ため、ミステリ用語として、映画や奇術方面の ”トリック” 表現ほどポピュラリティが無いというのは、否定できない事実ではあります。 では、ミステリのテクニカル・タームとしての “トリック” を我国に定着させた立役者は誰か? 言うまでも無いですね。 というわけで――『江戸川乱歩座談』に続く、中公文庫オリジナルの乱歩セレクション第二弾の、本書を取り上げます。 1953年に発表された、有名な「類別トリック集成」(好事家向けの、ラフな、しかし情報の宝庫)を第Ⅰ部に据え、次いで、その分類内容を一般向けに平易な読み物としてまとめ、社会思想社のロングセラーになった『探偵小説の「謎」』(1956)を、丸ごと ”トリック各論” として第Ⅱ部に再録しています。ちなみに、これは筆者の小学生時代の愛読書であり、目を通せば、何歳になっても、ウルトラ怪獣の分類みたいなノリで小説の要素分類も楽しんでいた、ミステリ入門期のあの頃の気持ちが、甦ってきます。 「類別トリック集成」自体は、ミステリ研究という巨大ピラミッドの、かけがえのない礎石ではあるものの、いろいろ解釈違いも目につき、今日では、どうしても叩き台的な位置づけになってしまいますが、素材としてのサンプルを一般読者向けに面白く紹介することにシフトした、エッセイ集『探偵小説の「謎」』の語り口は、” 乱歩作品” としての個性と普遍的な魅力を失っていません。ネタわりに対する風当たりの強くなった昨今では、こうしたカタチでの一般向け啓蒙書――初刊のレーベルは〈現代教養文庫〉――は書かれづらくなってしまいました。事情は理解しつつも、そのことのデメリットにも思いを馳せる、おっさんなのでした。 閑話休題。 第Ⅲ部は、「珍しい毒殺の話」(1935)ほか、” 各論・補遺” となるレアな文献をオマケとして三篇ほど発掘しており、ここまででも、アイデア賞ものの企画として評価できるのですが、さらにこのあと、”トリック総論” として第Ⅳ部に、戦前から戦後にかけての、乱歩のトリックに対する考えかたの変遷が窺える評論・エッセイが配列されることで、本書の編集意図が鮮明になり、良く編まれたアンソロジーとしての読後感を喚起することにも、成功しています。 後世の視点からは、トリック偏重を批判されがちな乱歩ですが……でも乱歩の内面は、振り子のように揺れ動いている。有名な「一人の芭蕉の問題」(1947)や「「本陣殺人事件」を読む」(同前)も、本書のコンセプトに合わせて、第Ⅳ部に置かれることで、また違った味わい感じさせるのですよ。 本書の解説は、新保博久氏が執筆し、痒いところに手が届くような内容となっていますが、収録内容の選択にはタッチしていないようなので、そちらはあくまで、「中公文庫編集部」の仕事なのでしょう。たいしたものです。 資料として、乱歩と横溝正史の対談「探偵小説を語る」(1949)と、乱歩の没後、日本推理作家協会の機関誌で実現した、増補版「トリック分類表」(中島河太郎、山村正夫編 1969)をおさめるサービスぶりで、心情的には10点満点をつけたいところです。 が、減点対象として、あえてマニアらしく(?)難癖をつけるなら――本文中に[]でくくって挿入される、編集部の注記が中途半端。たとえばクリスティーの「十二の刺傷」のような、古い訳題に対して「十二の刺傷[オリエント急行の殺人]」のように、現行の訳題を併記するのであれば、もっと幅広く調べて欲しい。ステーマンの「殺人環」などは、「殺人環[六死人]」でしょう。 あるいは、「たしかハーバート・ブリーンの作だったかと思う」という乱歩の文章に、わざわざ「たしかハーバート・ブリーンの作だったかと思う[実際はW・ハイデンフェルト]」と注をつけるのであれば、もっと踏み込んで、[実際はW・ハイデンフェルト。後年、乱歩自身も長編で試みる]くらい書いてもいい。このへんは、全面的にシンポ教授に監修してもらうべきではなかったか。 ついでに重箱の隅もつついておくなら、p38の「鍵穴ピストル装置」は「壁穴ピストル装置」のミスプリ。トリック分類表のなかに、トリックが間違って記載されていては困りものですね。万一、拙文を関係者が目にされていたら、重版に合わせ修正していただくことを、願うや切でありますが……。 妄言多謝。 |