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ミステリの祭典

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肌色の月(中央公論社版)
元版も中公文庫版も同じ内容

作家 久生十蘭
出版日1975年08月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 クリスティ再読
(2024/11/27 07:49登録)
渡辺剣次「ミステリイ・カクテル」の中で「未完の悲劇」と題して、中絶したミステリ作品を回顧していた中に、久生十蘭の本作があるのが気にかかっていた。
本作を「婦人公論」に連載中に食道がんが見つかり、最終回原稿を待たずに死去。最終回は口述筆記をしていた妻により、聞かされていた筋をまとめて完結させた。どうやらタイアップで映画が同時進行していたようで、乙羽信子主演の映画の封切日が告別式だったそうだ。

声優の宇野久美子は、遺伝的な肝臓がんの恐怖におびえ、若いうちに自殺しようと考えて、誰も知らぬ湖で投身自殺するために失踪した。湖に向かう途中雨に降られ、声を掛けてきた車に乗せてもらい、車の男の別荘に泊めてもらうことになる。翌朝ボートを盗み、湖の中央で自殺するつもりだったが、ボートがない...男もいない。そうするうちに、男がボートを使って湖で死んだらしいと騒ぎになる。この男、大池は詐欺事件の犯人として追われていた男だった..

という話。「ゼロの焦点」とかそういう雰囲気の女性視点でのサスペンス。「ムードのあるスリラー小説を」という狙いで書かれたものだ。がんの恐怖におびえ自殺を考える主人公と、連載中にがんで死ぬ作家と、符合していて不思議だが、昔のことで「がん告知」は夫人の手記によればされてなかったようだ。ちなみにタイトルの「肌色の月」は、黄疸で月が黄色がかって見えるという症状を指している。
で、結局この大池の一家をめぐるいろいろな事件も絡んで、殺人容疑も落着して久美子は旅立つ....久美子は死んだはずの男を目撃した気がして振り返る。こんな結末。何か胸がつまるような思いがする。生と死の境を越えようとするときに、その境界が曖昧になるのかのような。
けして成功作とは思えないが、それでも独特の雰囲気のある不思議な作品。

評者は図書館の中央公論社単行本(S32)で読了。十蘭が最も愛した2作「予言」「母子像」を併録しており、これは長らく読まれてきた中公文庫版と同じ体裁。「予言」は貧乏華族の画家・安倍が不倫を疑われて、その妻の自殺から夫に恨まれ、安倍の新婚旅行中の死を予言される話...なんだが、意外な結末がある。
「母子像」はニューヨーク・ヘラルド・トリビューン主催の第二回世界短篇小説コンクールで第一席を獲得した有名作。サイパン島での邦人自決の話に取材して、生き残った母子の戦後を描く。銀座でバァを開業した母と、非行を繰り返す子。この子の母への屈折した愛情表現による自滅を、短い枚数に叩き込んで描く。工芸的というべき珠玉作。異色作家短編集にありそうな話だが、しいて言えばスタージョンに近い情念が感じられる。

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