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ミステリの祭典

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伝説の里

作家 宮野村子
出版日1963年01月
平均点5.00点
書評数1人

No.1 5点 積まずに読もう!
(2024/10/01 17:24登録)
【あらすじ】
(この小説は登場人物が抱える諸事情が徐々に解っていく展開になっています。詳しくストーリーを説明すると台無しになってしまうので、今後の読書の興を削がない程度の内容しか紹介していません。それでも嫌な人は注意してください)

若くして寡婦となった田上真也子は由美子という幼子を抱え、家計の足しに自宅の二階に二人の独身男性を下宿させることにした。ひとりは週間雑誌記者の泉京太。もうひとりは藤山文夫。藤山文夫は勤めのかたわら投稿した小説が文芸雑誌に認められ、新進作家として今後が期待されていた。白皙の美青年である文夫に真也子は既に心身を委ねていたが、文夫の姉菊代から親展で送られてきた手紙を盗み読み、文夫が近く故郷の素封家春元家の娘、嫩葉(わかば)と結婚することを知って、彼を問い詰める。その冷酷な態度に逆上した真也子は文夫と揉み合いになるが、結果殺害されてしまう。その現場を偶然帰宅した泉京太に発見されるが、文夫は悪びれもせず、結婚した際に自由になる財産のもとに取引を持ちかける。由美子まで冷然と手にかける文夫に京太は、文夫の誘いに乗ったふりをして、自らの手でこの男の野望を打ち砕くことを決意する。
文夫の故郷N県砂川村は緑が美しい村であるが、戦後の農地改革を経た後も大地主春元家は大いに権勢を誇り、その邸宅は庭にひときわ大きく咲く花にちなんで菖蒲屋敷と呼ばれている。当主利光は既に事故で命を落としており、その妹であるまどかが女関白と言われながらも一家を支えていた。藤川菊代は小作農の出で、もとは春元家の小間使いであったが、利光の慰みものになった挙句、過去放逐されていた。その弟である文夫が春元家に婿入りするという。嫩葉が文夫の美貌の虜になっているとはいえ、誇り高いまどかが何故そのようなことを許すのか?菊代は春元家に対し有無を言わせぬ弱みを握っているらしい。春元家の分家の娘であり、嫩葉の従妹である春元木の芽はこの縁談を阻止しようと画策する。
嫩葉と文夫の婚礼は邸内の花が盛りの菖蒲祭りの後と決まった。文夫は京太を婚礼に招待する。菊代と文夫の罠が待ち構えていることを承知のうえ、京太は砂川村に向かう。京太を姉のように愛し、その行動に協力する静岡広枝。菊枝が経営する旅館付の酌婦であるが、広枝と奇妙な友情を結ぶ冬子。文夫と京太の動きを察知し、監視する高津刑事。文夫と利害を共にする不動産屋吉川政造。奔放で人を喰った言動をとりつつ、古来より溜まった春元家の澱にけりをつけようとする木の芽。役者は全て砂川村に揃った。婚礼を前にして、それぞれの思惑はどのように進むか?春元家そしてまどかは何故菊代、文夫姉弟のいいなりとなるのか?春元家を深く恨む菊代の野望は成就するのか?旧家の恩讐に流される人々、抗う人々の運命は?

【感想】
(出来るだけ配慮していますが、ネタバレが嫌な人は注意してください)

上下巻、1000枚近くの大作です。前作『血』は良くも悪くも作者の個性が全面に押し出されており、読み進めていく上で相応の体力を要する作品でしたが、『伝説の里』については、登場人物の心理ではなく、会話文を中心にストーリーの展開を追うような体裁になっており、格段に読みやすくなっています。とはいえそれが良い結果に至っているかは疑問で、『鯉沼家の悲劇』『血』で発揮されていた、女流文学者にしか描き得ない(といえばずいぶん語弊があるが)、濃厚かつ底意地の悪い世界観が薄れており、そこが評価の分かれるところだと思います。『流浪の瞳』を読んだ際にも感じましたが、登場人物が動き回るような作風はどうしても作り物めいた無理が出てしまい、せっかくの良い素材がうまく活かせていないように感じました。やはり作者は一つの世界にじっくりと取り組んだ作品のほうが、魅力があります。
『流浪の瞳』と同じように、素材は悪くないです。虐げられたものの意地がやがて執念となり、やがて自身や周りを追い込んでいく、という筋書きは常套なので、一族に復讐を企てる菊代を中心にストーリーを描き込んでいけば、相当に迫力のある作品になったと思われます。復讐の対象になる春元家の人たちも、現存している人たちは、「女関白」といわれるまどか含め、旧家ゆえの驕りは多少ありますが、悪辣には描かれておらず、基本的には筋の通った常識人ばかりであり、復讐を企てる菊代姉弟とのギャップを通してその空虚さを描く、など面白くなりそうな要素はたくさんあります。事実、菊代の視点でストーリーが進行する場面や木の芽と菊代との駆け引きなどは面白いのです。やはり問題は、作者の資質にあわない展開を、ストーリーの都合に合わせて強引に行っているところだと思われます。

(以下物語の前半4分の1までのネタバレします)
まずこの事件の「解明」を積極的に行う泉京太の造形です。彼がこの事件を通して行う選択や行動に全く共感することが出来ません。彼は文夫が未亡人真也子、その子供由美子を殺しているのを目の前で把握し、激しい義憤に駆られながらも、積極的にその隠ぺい工作に加担します。その理由が「自分の手でこの悪党を糺したい」「特ダネが取れる」です。また、菊代、文夫姉弟が目的のためであれば殺人をも厭わぬことを充分に認識していながら、周辺の人たちを自分の調査に協力させ、結果として登場人物の一人はそのために殺されてしまいます。犯行を目撃した時点で警察に通報していれば、この長い物語で発生する悲劇は起こらないのです。作者も自覚していたのか、高津刑事にそのことを京太に指摘させますが、「あ~そうだね」程度にしか彼は認識していません。サスペンス系のミステリやハリウッド映画やザ・松田にありがちな「面白けりゃ細け~ことはいいんだよ」のパターンですが、そういう矛盾を回避するために周到な手間と努力を投入している作家もいることを考えると、やはり上等とは言い難いと思われます。京太に協力する静岡広枝の関係性や心情もイマイチ良く把握できません。物語のボリュームに比して書き込み不足です。

(以下出来るだけネタバレに配慮した記述に戻します)
このように物語前半4分の1まではずいぶん乱暴な展開をしますが(読書を断念しようかと迷ったくらい)、舞台が砂川村に移って、物語の進行に菊代の視点が入るようになってきてからはかなり持ち直します。特に菊代の執念は良く描き込まれています。文夫の造形についてもあえて踏み込まず、そのサイコパスぶりを客観的に描いているところも良いです。前述の通り、木の芽との駆け引きの場面などは面白いので、軽薄で饒舌な京太などは登場させず、菊代姉弟のキャラをもっと前面に出して、春元家との確執や駆け引きをじっくりしっとり描き込み、「伝説」の里のローカル要素をもっと引き立ててれば佳作になった要素はあると思います。
出版社の意向もあったのかもしれませんが、一般読者を取り込もうと作者が努力した箇所が裏目に出ているのではないかと思われる作品でした。時代を考えると、ボリューム的にも内容的にも作者は相当の苦心をしたとは思われますが、『鯉沼』『血』には遠く及ばず、『流浪の瞳』のようにロマンティックな要素もない、ということで、少し評点は辛めになってしまいました。ぜひ実際に読んで確認してみてください。

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