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ミステリの祭典

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流浪の瞳

作家 宮野村子
出版日1958年01月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 積まずに読もう!
(2024/09/04 13:26登録)
【あらすじ】
(できるだけ今後の読書の興を削がないように要約したつもりですが、嫌な人は注意してください)

舞台は昭和18年7月の大連。古くからこの地で病院を営む鈴村家は主を亡くし、御後室様と呼ばれる祖母なつと今は新京の医科大学に通う孫の健、真奈だけとなってしまった。なつは健が一人前の医者になるまで病院を閉めるつもりでいたが、戦局が悪化する事態に至り、近縁の医師である小島信也とその妻加津子を内地から呼び寄せ、病院を再開させている。
満鉄理事の娘である真奈の友人大橋花江は奔放な性格で、その立場を利用して勤労奉仕逃れのために所属している図書館でも勝手気ままに振舞っていた。花江に好意を寄せる同僚の真鍋達夫は花江が定期的に電話連絡している内容に不審を抱き、過去つれなくされた腹いせにその行動を追い始める。真鍋の監視を知らない花江と真奈は白系露人が経営するロシア料理店で落ち合うが、そこで真奈は花江の外貌や立場にそぐわぬ、ある強い意志を感じ取る。それは思想や戦況によるものではなく、健に対する熱い想いから来るものであった。花江と別れた真奈は帰途、白夜に照らされる丘で刺されて傷を負った白系露人の青年を発見する。しかし急いで病院に戻り、信也を連れ戻ったとき、その青年は消え失せていた。解せぬまま夜を明かした真奈は、同じ場所同じ状況でその青年の死体が発見されたことを知らされる。そのことを皮切りに真奈の周辺では幾多の不可解な死が発生し、真奈は兵役志願する前に一時帰郷した健とともにその謎を追い始める。そこには事件現場に必ず居合わせる、ボローニア(屑拾い)や満人に扮した手の甲に傷痕のある男や、蒋介石と敵対する満州の要人などを取り巻く根深い闇が…。
一方鈴村病院ではある邪悪な意思のもと、一家を破滅させるための謀略が進み始めていた・・・。

【感想】
(出来るだけ配慮していますが、ネタバレが嫌な人は注意してください)

日本統治下にある夏の満州(大連)を舞台に戦時下および政治的転換期に生きる人々を描いたミステリです。鮎川哲也『黒いトランク』藤雪夫『獅子座』鷲尾三郎『酒蔵に棲む狐(屍の記録)』と講談社「書下し長編探偵小説全集」13番目の椅子を争った作品として知られていますが、男性陣の作品がガチガチのパズラーであるのに比べ、本作品はサスペンスに属するもので、謎自体は淡く、そこに重点を置いていないのは最初から作者の意図するところだと思います。『黒いトランク』『獅子座(というよりもその原型の『星の燃える海』)はいかにも男性的で武骨なロマンティシズムの要素を持ち合わせていましたが、撃たれた被害者が倒れるときに舞うマーガレットや不審者が去るときに残されていた赤い蔓薔薇、ツンデレながらも一途なキャラ造形など女性らしい配慮にあふれた雰囲気作りは、小説的技巧という意味では一歩優れているように思われます。ただこれはあくまで2作と比べた印象。基本的には作者の筆致、ストーリーの運びは古く、特にサイコパスを扱ったサイドストーリとメインの筋立ては乖離してしまっており、ギクシャクした感は否めません。
ただ、素材はすごく良いです。祖国を追われた人、祖国を持たぬ人、祖国のために大切な人を奪われなければならない人、悲しい想いをもつ人々が抱いた大きな夢。そしてそれら夢を追う人たちを喰い物にする邪悪な存在。メインタイトルを担う白系露人の哀しい運命、アカシアの大連の白夜の丘などロマンティックな道具立ても揃っています。ただ枚数的制限や作者の筆力、作家的視野の狭量さの問題もあり、現代のエンタテイメントを読みなれた私たちにとって、いかにもその扱いは淡白。松本清張『球形の荒野(この小説もミステリとしては破綻している部分がありますが)』のように雄大な形でこの物語が描かれたなら、と夢想します。死体や凶器がピューンと飛んでいくような『本格ミステリ』が好きな人や、トリックがないと納得できない人には向かないかも知れませんが、地に足が付いたミステリを書こうとした作者の意気を汲める人には、いまでも読む価値はあると思います。

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