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ミステリの祭典

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月世界旅行
別題「月世界最初の人間」

作家 ハーバート・ジョージ・ウェルズ
出版日1999年08月
平均点4.00点
書評数1人

No.1 4点 Tetchy
(2024/06/10 00:49登録)
月世界旅行といえばジュール・ヴェルヌの小説を想起させるが、なんとH・G・ウェルズもまた同じ題名で人類が月に向かう物語を書いていた―但し原題は“The First Men In The Moon”、即ち『月世界最初の人間』でこの題名で刊行されているものもある―。
しかも作中でウェルズは登場人物の口からヴェルヌの小説について触れていることから、どうやらヴェルヌ作品に触発されて書いた作品のようだ。
しかしヴェルヌの小説では結局月の周りを廻って帰ってくるだけだったのと異なり、本書では主人公たち2人が実際に月に降り立つのだ。しかも月面着陸ではなく、月の地下にも潜入する。さらにはそこで月人とも邂逅し、接触するのだ。

さてヴェルヌが巨大な砲弾のような宇宙船を巨大な大砲で打ち上げて月を周回したのに対し、ウェルズは前述の“不透明”な物質ケイヴァーリットという架空の膜状物質を球形の宇宙船―作中では球体と呼ばれている―を包み込んで月を目指す。

私は本書の元祖であるヴェルヌの『月世界旅行』と『月世界へ行く』を読んで失望したクチである。というのも昔のフィルムで大砲で打ち上げられた砲弾型の宇宙船が微笑みを湛えた擬人化した満月の顔に突き刺さるシーンを幼き頃に見ていただけに、てっきり主人公バービケインたちは月へ着陸するものだと思っていたが、2冊に亘って、しかも続編が5年後に刊行されながらも結局月を周回して帰還するだけに留まったので大きく失望をしたが、上にも書いたようにウェルズは月面着陸のみならず、月人との接触まで描いている。しかし私にはそれもいささか退屈に思えた。

SFでは地球によく似た環境の銀河系外の見知らぬ惑星に着陸して、宇宙人や宇宙生物と出くわして戦いや冒険が繰り広げられる作品は数多あるが、ウェルズはそれを我々のよく知る月を舞台にして描いたためにこの辺の違和感がどうしても拭えなかった。

1901年の本書発表から遅れること122年を経て、21世紀の今、民間人の月旅行が2023年以降に実現しようとしている。しかしそれはヴェルヌの小説のように月を周遊するだけで月面着陸は含まれていない。その旅行費は1人当たり7470万ドル、即ち80億円以上になるが、それでも月面着陸はできないのだ。しかし本書を読むと月面着陸は決して楽しいものではない。月に生命体がいることは現在確認されていないが、もしいたとしたら本書のような囚われの、しかも興味本位の見世物動物のような扱いになるのだろうか。

ヴェルヌの描いた『月世界旅行』と対極的なテイストの本書はイギリスの作家が書いたとは思えないほど、夢のない悲惨な結末であった。

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