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ミステリの祭典

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危ない恋人

作家 藤木靖子
出版日1962年01月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2024/05/28 14:54登録)
(ネタバレなし)
 1960年代初め、四国の北部にある松笠市。そこでは市役所勤務ながら、土地の転売で相応の資産を得た31歳の不器量な女性・中北小枝(さえ)が、26歳の美貌の従姉妹で実は恋人である栗田ひろみとともに邸宅に暮らしていた。一方、ベテラン教育者として土地のそれなりの名士である53歳の未亡人・香川フミノを最年長とする香川家に、ある日、家内の不倫を指摘する怪文書が届く。やがて二つの物語は、密接に絡みあっていく。

 作者・藤木靖子(1933~1990)は、香川県高松市出身の女流作家。
 現状でWikipediaに単独項目もない扱いだが、ネットで得られる情報などをまとめると、1960年に「宝石」の新人賞「宝石賞」の第13回にて短編『女と子供』で第一席を獲得(日本推理作家協会賞のサイトでは、藤木は第一回「宝石賞」を受賞とあるが、とんでもない間違い)。その翌年、処女長編『隣りの人たち』と本作『危ない恋人』などの単著を刊行した。後年はジュニア小説での活躍が主体となりコバルト文庫などで青春小説分野の人気作家となった。

 ……でまあ、本サイトにもこれまで作家登録もない、21世紀ではほとんど忘れられたミステリ作家だが、昭和ミステリ全般を評者のように(かなりいい加減にスーダラながら)探求している者には、時たま目についてくる女流作家の名前である。
 とはいえそんなマイナー作家の初期のミステリの古書価は当然ながら高いので、興味が湧いても指をくわえていたが(国会図書館の電子書籍などで読めるかもしれないが、当方には現状、その辺は守備範囲外)、先日、本作の裸本の古書がかなり安くネットで買えるので、いそいそと購入した。
(どうせ地元の図書館経由で他館所蔵の本をリクエストしても、いつものようにまた裸本が来る可能性も大きいし。)

 で、本作の実作を読むと、冒頭から一癖ありそうな叙述でスタート。メインキャラの一角である若い富豪の小枝が、旅に出る同性の恋人のひろみへの劣情を燃やすが、心の整理をするために得意な速記で内心の情愛を文字にする。そこから手紙形式の記述が数回続くので、まさか全編この調子? それはそれは……と思ったりしたら、その辺はみんなあくまでプロローグで、本筋は普通の三人称形式でそのあと始まった。しかしカメラアイはもうひとつのメインキャラクターである香川家の方にそこから切り替わり、思わせぶり、いわくありげな各章の見出しとあいまって、かなり強烈な物語のうねりを序盤から感じさせる。

 要はなかなか手慣れた小説技法を実感させる、掴みのよい開幕で、これは面白そう、マイナーながら古書価も高めになるのも伊達ではない? と実感させる(いや、実際のところ、一般論として、旧作ミステリの古書価の高さと出来の良さは、決して比例なんかしてないと思うケドね・笑)。

 ちょっとバリンジャーとかを思わせる輪唱形式で話が進むなか、劇中の殺人? 変死も絶妙なタイミングで登場。なんか昭和中期のフランスミステリ風の一冊として、隠れた秀作になるか? という感じで期待させたりする。
 少なくとも、その程度には読んでる途中まではなかなか面白い。

 ただし中盤で、え!? とかなりのインパクトを与えたのち、お話の後半どうするんだろ……と恐る恐る読んでいくと、ああ……となかなかのサプライスに着地。
 で、こう書いていくと結構な秀作という感じではあるが、使用した大技に関する箇所をもう一度読み返してみると、ちょっといろいろ思ったりしてしまう。
 いや、作者が意図的に気を使って書いてあるのはわかるのだが、登場人物の描写として違和感を抱くような流れなので。まあこの辺は、あまり詳しく語らない方がいいか。

 まとめるなら、かなり高い目線で理想を追いながら、微妙なこなれの問題で、いいところまでは行かなかった作品。失敗作とまでの烙印を押すのは不適当だが、一方で残念ながら秀作とも優秀作とも言い難い。
 ただまあ、このあとも未読の作品のなかになんかオモシロそうなものは転がっている期待は十分に抱かせてくれたので、まずは作品との出会いを求めてみようかとも思う。
 まあ昭和のマイナー女流作家をつまみ食いするのは、あくまで評者の関心のありようのひとつだけどね(笑)。

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