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ミステリの祭典

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変身の恐怖

作家 パトリシア・ハイスミス
出版日1997年12月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2024/05/27 21:14登録)
(ネタバレなし)
 1960年前後。その年の6月、34歳のアメリカ人小説家ハワード・インガムは、ひとりチェニジア(本文中では「テュニジア」)の地にいた。インガムは次作の小説を書き進めながら、アメリカに残してきた恋人アイナ・バラントからの便りと、そしてエージェントのジョン・カッスルウッドの来訪を待っていた。そんななか、インガムは、コネティカット州出身という初老のアメリカ人実業家で農場主のフランシス・J・アダムスと友人になるが。

 1969年のアメリカ作品。ハイスミスの13番目の長編。
 ちくま文庫版で読了。
(Amazonには現状でデータがないが、邦訳の元版は、66年に同じ筑摩書房の叢書「世界ロマン文庫」の一冊として、一度、刊行されている。)

 大ネタは書かない方がいい……な。
 自分がこれまで読んだハイスミスの作品のなかではもっとも普通小説に近い感触の一冊で、広義のミステリとしてもこの上ないくらい、ある種のボーダーラインの文芸を狙っている(詳しくは読んでください。文庫版の新刊刊行時の帯にも書いてあったし、中盤まで読み進めれば、まあ誰でも分かると思う)。

 で、評価する人は、そのある種の<揺らぎ>の中に陥った主人公の内面的境遇とそこから生じるサスペンスがいい! と言ってるのであろうことはよく理解できるのだが、個人的には、万が一リアルで<そういう状況>に陥った場合、引くか進むかどっちかになるしかないと、たぶん自分は思っちゃう方なので(もちろん現時点ではアタマの中だけのことだから、本当に現実にそうなったらまた違うかもしれんが)、ある意味で迷宮に陥った主人公の足踏みぶりに、もうひとつシンクロできなかった。
(なんかね、実は私ゃ、アニメにもなってる人気の異世界(的な世界観の)ラノベ『オーバーロード』の主人公アインズ・ウール・ゴウンの信条のひとつ「本気で(中略)だと考えている者は狂人だ」という割り切りの方が、今の21世紀らしいものの見方じゃないか、と思うので。いやまったく。良かれ悪しかれ。)

 文学というか小説的には、あれやこれやの暗喩も潜むのもなんとなく伺えるものの、その辺が今回はあまりこちらに突き刺さってこず、大半が他人ごとに思えるのはどーゆーわけか。
 この十年間弱、改めてハイスミスの諸作のスゴさに肝を冷やしてきた評者だが、巷では評判のかなりいいこの作品で、ここまでアウェー感を抱くとは予想にしなかった。ただまあ、その辺の万人が万人、いいとは決して言いそうもない作品という側面も、正に本作の個性だという気もする。その上で、今回はたまたま、自分は合わない方にいただけだ。

 もちろん、本作も含めて、ハイスミスがスゴイ作家であること自体は、いまだなお、まったく疑念の余地もないのだが。

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