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ミステリの祭典

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越前岬の女

作家 斎藤澪
出版日1993年04月
平均点5.00点
書評数1人

No.1 5点 人並由真
(2024/05/14 15:34登録)
(ネタバレなし)
 その年の一月下旬。プロ棋士(囲碁の方)八段で50歳の真城寺欽也は金沢支部での大会に参加したのち、同行の「東都新聞」の中年記者、苗場幸雄と若手カメラマンの瀬能俊彦を連れて、福井県は越前岬の大橋旅館に逗留した。目的は季節の名物であるカニを味わうためだ。そこで真城寺は以前にこの地を訪れた際に知り合ったおでん屋の若女将、玉木睦美に再会するが、瀬能は初対面のはずの睦美をどこかで見かけた覚えがあると洩らす。やがて旅館~岬の周辺で変死体が発見され、さらに事件は真城寺たちにも深く関わっていく。

 同じ夜に先に読んだ『ポケミス読者よ~』が割に早く読み終わったため、寝る前にもう一冊手に取った。このところ新刊ばかり読んでいるので、気分を変えて完全な旧作を選ぶ。

 文庫化もされていないマイナーな書き下ろし国産ミステリで、表紙周りには「書き下ろし長編旅情ミステリー」とある。数年前にブックオフの100円棚で見つけた一冊だが、遊び紙には作者から謹呈相手への為書(名前のみ)が記されていた。

 斎藤作品を読むのは、少年時代に手に取った第二作『赤いランドセル』以来かもしれない。同作の内容はもう完全に忘却の彼方だが、なんともいえないイヤンな、しかし作風そのものは真面目で軽く揶揄できない雰囲気はなんとなく覚えている。今で言うなら、シリアス味の強いイヤミスの系譜の先駆みたいなものだったかもしれない。
 いずれにしろ斎藤作品にはどこかそういった湿ったイメージがあるのだが、この本(今回レビューの本作)をブックオフで見つけた際には、それでもなんか懐かしくなって即座に購入した。たまにはそういう系列の作家もいいだろうと、いう思いだ。

 トラベルミステリを謳うだけあって、地方の景観や風物はそれなり以上に書き込まれ、ある種の臨場感は十分。お話の方は主人公の周辺に怪しい人物が続出し、さらにちょっと都合の良い偶然も手伝ってストーリーが転がっていく昭和ミステリ(正確には平成初期の刊行)だが、今回はさほど暗さも湿った感じもない(主要な登場人物の情念もからむ筋立てなので、もちろんそういう部分が皆無ではないが)。

 読み手としてはあまり推理をする余地はないまま、事件の真相(いくぶん社会派寄り)と人間関係の綾を語られて、そのままクライマックスに流れ込む、作りであった。感触で言うなら、やや薄口の初期の日下圭介あたりみたいな感じ。水準作~佳作。

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