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ミステリの祭典

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つぶやき岩の秘密

作家 新田次郎
出版日1972年01月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2024/04/29 05:31登録)
(ネタバレなし)
 昭和40年代(おそらく)の三浦半島。そこの小さな村に住む小学六年生の三浦紫郎(しろう)は2歳の時に海に漁に出た両親と死別し、その後は元網元の祖父・源造と祖母のぬいに養育されていた。大人びた秀才で多感な紫郎の心を慰めるのは、時に亡き母の声を思わせる、近所の「つぶやき岩」の反響音だ。そんな紫郎はあることを機に、大戦末期に軍部が海岸の周辺に広大な地下要塞を設け、そこに今も多額の軍資金の金塊が秘蔵されているらしいという風聞を知る。紫郎は周囲に出没し、また運命的に出会った大人たちを意識しながら、担任の若い女性教師・小林恵子の協力を得て、隠された秘密に迫っていく。

 1972年に山岳小説の雄・新田次郎が書き下ろしで著作した、作者の生前唯一のジュブナイル。もともとは当時、二人の幼い孫にいずれ読んでもらうことを想定して書いた作品のようである。

 昭和の世代人として、当然、本作のタイトルはNHKの連続番組「少年ドラマシリーズ」の一つとして知った。
 とはいえ当時の筆者は、最大級のメジャー作品『タイムトラベラー』正続編や、最愛のオヨヨシリーズの実写化『怪人オヨヨ』などを例外に、ほとんどリアルタイムの少年ドラマシリーズは観ていない。理由はひとえに、少年ドラマシリーズが放送されていた夕方の時間枠は、裏番組の民放の特撮やアニメの再放送ばっか優先して観ていたからである(笑・涙)。
 日本の児童番組史における少年ドラマシリーズの重要性と、ちゃんと観ていたファンの熱い思いを初めて知ったのは第一次アニメブーム(1970年代の末)の頃に雑誌「マンガ少年」(朝日ソノラマ)で、国産アニメの読者人気投票に続いて、国産特撮番組の人気投票を行なった際、意外なほど多くの少年ドラマシリーズのSF作品がベストテンの圏内にランクインしたことから。
 ここで初めて評者は『なぞの転校生』も『未来からの挑戦』も『暁はただ銀色』も、初期ウルトラシリーズに匹敵する秀作トクサツ番組だと知って、度肝を抜かれた! まもなく雑誌「ランデヴー」そのほかでも少年ドラマシリーズの特集は頻繁に組まれるようになったが、それから間を置かず、じつは大半の少年ドラマシリーズの映像は、NHKが録画ビデオを消去したため、現存していない、という悲劇の事実を知る。ならば、ちゃんと本放送で観ておけばよかった!
 
 そんななか、本作『つぶやき岩』の少年ドラマシリーズ版は幸運にも映像の消去を免れた稀有な番組の一本であり、現在では無事に映像ソフト化もNHKのアーカイブ化もされている。
 が、そういう恵まれた状況となると、ヘソマガリでわがままな評者は、消されてしまったSF系の諸作の方ばかりがないものねだりで観たくなり、少年ドラマシリーズの主流のSFジュブナイルでない、ミステリ冒険小説ものらしい『つぶやき岩』は、まあその内……くらいに消極的な興味になってしまったのである(あのな)。この辺が、90~2000年代あたりの心境。

 でまあ、マクラが例によって長くなったが、結局、くだんのドラマ版『つぶやき岩』はいまだ未視聴である(汗・前述のようにソフト化はされているので、ちょっと頑張ればドラマ本編はいつでもすぐ観られる)。
 そんななかで、じゃあまずは原作から嗜もう、というのは現在のワガママジジイの評者にとって、かなり自然な心の動きであり(そうか?)、図書館から新潮文庫を借りてきた。

 そもそも、ここまで長々と書いてきた側面もふくめて、新田次郎のジュブナイルミステリ『つぶやき岩の秘密』はそれなりに世の中に知られた作品のハズなのに、ツワモノが揃う本サイトでまだレビューがないというのもちょ~っとだけ腹立たしい(え?)。
 というわけで原作『つぶやき岩』の感想だが、主題となる宝探しの設定は序盤から開陳。あとにも先にもネタバレを気にしなくていいほどに、シンプルな構造の作品だとはすぐに判明した。
 読みどころは、主人公の少年・紫郎の視座から見まわされる物語の場の奥行き(地下要塞という魅惑的な舞台装置もふくめて)と、周囲の清濁の濃さを感じさせる種々の大人たちとの関係性。この手のものにほぼ必至だと思う、同級生で冒険に付き合うガールフレンドがまったく不在なのがかえって古めかしい。80~90年代以降のラノベだったら、まず考えられない人物配置だ。ちなみに実質的なヒロインとなる恵子先生の存在感とその役割については新潮文庫の解説で十全に語り尽くされていて、ここで書き足すこともあまりない。主人公の成長を促す登場人物は劇中に何人か登場するが、最大のキーパーソンである某男性キャラに続き、二番手としてこの恵子先生がそのポジションを負っている。
 
 良くも悪くも迂路の少ない直線的な冒険ジュブナイルと思いきや、終盤である種のミステリ的ギミックが登場(くわしくは実作で)。ただし、そのギミックそのものの謎解きの面白さよりも、そのギミックが主人公の試練となる作劇の方が重要で、そこに込められたとある登場人物の心情も胸を打つ。
 それなりに得点はしている佳作という感じの作品だったが、終盤のニ十ページ前後で、個人的には大きく評価を上げた。ちょっと泣ける。ちなみにその辺のシークエンスの読解についても、こちらが感じた思いを実に的確に新潮文庫の解説で言語化してくれていて、こっちのヘボな感想はお呼びじゃないね(笑)。
 このラストの文芸性が新田文学の持ち味というなら、これから追い追い未読の諸作を読ませてもらうのが、改めて楽しみだ。

 まとめるならシンプルなお話を短い紙幅で語ったシンプルな冒険ジュブナイルながら、最後の方で作品全体の格がそこでまた、ひとつふたつ上がる秀作。

 ちなみにネットで目についたウワサによると、くだんの少年ドラマシリーズ版はラストが改変されているらしい。やはりいつかタイミングを見て、そっちも鑑賞してみることにしよう。

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