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ミステリの祭典

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影の監視者

作家 ジェフリー・ハウスホールド
出版日不明
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2024/04/25 04:44登録)
(ネタバレなし)
 1955年5月のロンドン。「わたし」こと、元オーストリアの貴族で今はイギリスに帰化した43歳の動物学者チャールズ・デニムに届けられた郵便物が爆発し、郵便配達人が巻き添えで死亡した。デニムは大戦時に英国側のスパイとして働き、ゲシュタポに潜入してナチスにひそかな打撃を与えていたが、今度の事件はその過去に由来するらしい。その傍証として、デニムのかつて同僚だった本物のゲシュタポで戦争犯罪人として服役していた連中が、何人も出所後に謎の復讐者「虎」によって殺されていた。自分もまた復讐の対象となったと自覚するデニム。彼は大戦当時の自分の立場と真意を「虎」に伝えるすべもないまま、復讐者の殺意に立ち向かうことになる。

 1960年の英国作品。
 安定期のフランシス作品(競馬スリラー)を想起させる、あまりにも掴みのよい序盤から開幕。主人公デニムはかつて自分なりの正義と博愛の念からあえて大戦時にナチスの汚名を着て、処刑されかかる罪もない若い娘を助けたりしていた。が、戦後はそんな過去の微妙でややこしい立場が周囲(たとえば同居している母親がわりの伯母さんなど)に露見することを危惧している。デニムはかつての上官イアン・パロウ大佐に相談に行くものの、決定的な打開策を得られず、北バッキンガムシャーの地方に潜伏、同時に敵の「虎」への対抗策をとり始める。ここまでが全体の7~6分の1。

 田舎に舞台が移ってからの中盤には本当に若干の冗長感はあるが、それでも、ここで数名の重要人物が登場し、さらに復讐者「虎」(のおぼろげな気配)も含めて、冒頭からのキャラクターたちの描写が掘り下げられていくので、やはりそのパートも決してムダではない。
 そして何より、後半のクライマックスがハイテンション。
 メインキャラクターふたりが織りなす「決闘」小説となる。

 デニムの運命がどうなるのか、物語がどう決着するのか、最後の後味は、などはもちろん、ここでは書かない&言わないが、クライマックスを経たエピローグ、余韻のあるクロージング、そのどちらも非常にいい。最後まで豊潤な味わいの小説を読ませてもらった、という幸福な感慨に包まれた。
 いま読んでも良かったけれど、中高校生時代に出会っていたら、たぶんきっと<世の中の多くのミステリファンは知らないだろうけれど、自分だけは知っているマスターピース長編、えっへん>的な、思い入れを感じる一冊になったろうなあ、とも思う(笑)。

 ちょっと地味目ではあるが、いいね、ハウスホールド。邦訳がある未読の作品を読むのも、楽しみにしておこう。

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