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ミステリの祭典

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明日こそ鳥は羽ばたく

作家 河野典生
出版日1975年10月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2024/04/14 06:58登録)
(ネタバレなし)
 1974年の後半。ジャズミュージシャンの鷹取幹夫は、インドから帰国した画家・林が現地で撮影して録音した記録映像に接して驚く。その映像のなかでは現地の少年が、鷹取の忘れじのメロディ「鳥」を楽器で演奏していた。それは、4年の間、消息不明な、現在は24歳になっているはずの異才の若手トランぺッター「ジョー」こと混血児の澤村丈治が作曲した旋律だった。鷹取はインドに向かい、現地の人々の証言からジョーの行方を追うが、そんな彼の前には多くの人々との出会いとそして現在のインドの現実が待っていた。

 第二回角川小説賞受賞作。初出は「野性時代」の1975年3月号での長編一挙掲載だが、その後、クライマックスを相応に改稿・増量されてハードカバーで同年の秋に書籍化された。評者は今回、その元版のハードカバーで読了。

 主人公の鷹取が出会う人々の芋づる式の証言を主な頼りに失踪したジョーの行方を追う物語は、まさしく私立探偵小説の定法に近しいが、追いかけるキーパーソンのジョー自身には直接の事件性や犯罪性などは皆無で、もちろん狭義のミステリではまったくない。
 ただし先に書いたように手法的、作劇的に失踪人捜しのミステリを思わせる形質の作品で、劇中で鷹取は異国の地で知り合った英国女性のヒロインから「フィリップ・マーロウ」に二度もなぞえられる。真っ当なミステリでは決してないが、その程度にはミステリというカテゴリと接点のある作品として、本サイトで拙い感想を語らせていただく。

 結局、作品のカテゴリとして確実にそういえるのは音楽小説(ジャズ小説)であり、インドを舞台にしたロードムービー風の紀行小説であるし、さらに当時のインドそのものと日本を含む諸国との対比までを視野に入れた文明論ノヴェルといえる。
 ああ、あと重要な側面として、何より、ジャズを愛する河野典生流の完全なハードボイルド小説。ジョーを追う鷹取の執着は執拗で強靭だが、ジョーの音楽性、そしてメロディ「鳥」の中にどういう情感やサムシングが潜むのかは、実はほとんど明確な言葉では語られない。それを読み取るのも、受け手それぞれの音楽的素養の中からイメージを組み立てるのも、無言で読者に託される。この突き放しようがハードボイルドでなくて、なんであろう。じわじわと効いてくる。

 ストーリーテリングの面白さとしては、いくつか読み手を飽きさせない工夫があるような気もするが、その辺も実はエンターテインメント的なサービスで用意したツイストというより、鷹取のジョー捜索の行状の上で、作者がしかるべき試練を主人公に与えた感じ。小説の文芸としての必然の方を感じたりする。

 ちなみに評者はジャズがまったくわからない人間で(というかロクな音感があまりない)、何回か名前が出て来るジョー・コルトレーンくらいはさすがに知ってるが、実のところソレも80年代のとり・みきの漫画を介してとかの知識だよ。もちろん、マトモに音楽として楽曲を聴かせてもらったことなんか一度もない。
 ただしそれでも自分なりに、心に響く重さは(ちょっと以上は)確実にあったとは実感できる一冊なので、それは純粋に、作中で語る主題の如何を超えた<作品の力>だと思う。
 もちろんどこまでも昭和、1980年代という時代性はついて回ってる中身だとは思うものの(インド国内の文明度や産業力って、このあとの20世紀の内から、大分変ってると思うし)。

 2020年代の現在、ジャズファンが本作をどのように読んでどのように捉えるかまったくわからないけれど、もしもジャンルの素養がある人が本作を手にとったとき、良い手ごたえの接点を感じてくれればいい、とは思う。

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