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ミステリの祭典

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地球移動作戦

作家 山本弘
出版日2009年09月
平均点9.00点
書評数1人

No.1 9点 人並由真
(2024/04/08 22:38登録)
(ネタバレなし)
 21世紀後半。人類は、不世出の天才科学者・結城ぴあのが考案した革新的な科学技術「ピアノ・ドライブ」の恩恵を受け、さらには世界的な宗教戦争の激減、AI技術の発展などにより、新たな未来に向けて進んでいた。そんななか、2083年、ピアノ・ドライブで外宇宙を航行する宇宙探査船「ファルケ」が観測目標の天体「2075A」の驚くべき実態を認めた。そしてその、のちに全地球人から「シーヴェル」の名で認知される2075Aは、24年後に太陽系に到達~地球との直接衝突はないものの、全人類の破滅を導く大災害を誘発する危険が確認される。人類の未来を案じたシーヴェルの3名の乗員科学者の献身的な研究をもとに、国連宇宙局(UNSA)は種々の対策をはかるが、全人類の意志統一は困難で、さらに多くの障害が続発する。

 先日3月29日に68歳(いまの時代ならまだまだお若い……)で逝去された作者・山本弘氏が、東宝黄金期の特撮映画の名作『妖星ゴラス』へのオマージュを込めておよそ今から15年前に執筆した、地球全体規模の一大クライシスを描くSF長編。
 評者は今回、文庫版の上下巻で読んだが、その上巻の巻頭に、『ゴラス』の原案原作者・丘美丈二郎ほか関係者への献辞が捧げられている。

 評者は作者の実作(小説)は本作を含めてまだ数作しか読んでいないし、いろいろと人間的に個性の強い方というのは見知っていたが、実はなにより80年代に雑誌「ふぁんろーど」の常連投稿者として、一番身近に感じていた(あくまでこっちは同誌の一読者、向こうはすでにSF界そのほかのビッグネームファンとして、だが。もちろん面識などもまったくない)。
 さらに言えば、亡くなられたばかりの作家の著作を供養として儀式的に読む習慣もあまりないので(そういうことをなさる方を否定する気は、毫もないが)、本当に今回は深夜に衝動として読みたくなった積読の本のなかから、本作を手にとらせてもらった。
(とはいえ潜在的に、やはり、逝去された故人への自分なりのケジメ? の気持ちが心のどっかにあったかもしれず、それは自分でも未詳だが。)

 前述の通り、大枠は地球(太陽系)に外宇宙から迫る超質量の巨大天体のクライシス、そしてそんな人類未曽有の危機を脱するための<地球移動作戦>だが、もちろん原典であるほぼ半世紀前の映画『ゴラス』のまんまの科学観ではない。
 アップトゥデイトされた21世紀の豊富な科学観(まあ当方は素人なので、疑義も挟めず黙って説明を見聞きするばかりだが)で、本作なりの地球移動作戦を説得にかかる。
 ちなみにどう移動作戦を原典から現代風にアレンジしてるかは大きな興味で、ある種の発想の転換といえるポイント部分は非常にシンプルなもの。正直「あっ!?」と声が出た。たぶん本作の、一番大きなキモである。

 さらに亜人種としてのAI(人工知性体)という要素の取り込み方、『さよならジュピター』やニーヴン&パーネルの『悪魔のハンマー』を想起させる<人類内の敵>というファクターの組み入れで、物語は多層的な厚みを増し、正直、中盤のヒネリ部分も、後半のクライマックスもいずれにしろ、破格に面白い。中盤の<対決>の描写がひとつの大きなヤマ場で、ここで読み手としては居住まいを正した。

 例えて語るなら、原作小説版『日本沈没』を映画『ゴラス』の規模で語り、そこに80年代以降のネオエンターテインメント的というか20世紀末の『エヴァンゲリオン』以降の総合エンターテインメント的というか、あっちの方向からも、こっちの角度からも楽しめるまとめ方をして、かくのように仕上げたという大長編。
 ただし物語後半のベクトルは、天体シーヴェルとの最大接近の前後「ゼロアワー」という収束点が当初から明確なので、散漫な作劇の印象はまるでない。ハイテンションのなかで作者の熱い筆致に心地よく身をゆだねられる一大スペクタクルSFになっている。

 登場人物ももちろんそれなりに多いが、一方で物語のパースペクティブの広がりを勘案するなら、非常にコンパクトに、キャラクターの頭数が相対的に整理されている面もあり、そこら辺にも作者の筆の達者さを感じさせる。 

 二冊いっき読みで深夜から朝までかけて通読し、読書の快感を満喫。
 あえて文句を言うなら……特にないんだけど、どっか頭のいい人の書いた器用さが小癪に見える点かな。ただ、作者はそんな才気以上に、ナマ汗を流しながら著した大作という感は確実にあり、結局はそんな手ごたえの前に一介の読者は、楽しませていただきました、いろいろ考えさせていただきました、と口をつぐむ。

 晩年は脳梗塞という重病にかかり、執筆活動なんかとてもできないお体だったそうだけど、才能のある方が病魔に活動の機会と本来はそれに費やせる歳月を奪われたのは、余人にはとうてい理解できない悔しさがあったと思う。
 まだまだ読んでない著作も多いけれど、長い間、いろいろな形でありがとうございました。謹んで御冥福をお祈り申し上げます。

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