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ミステリの祭典

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チャーチル・コマンド

作家 テッド・ウィリス
出版日1981年05月
平均点5.00点
書評数1人

No.1 5点 人並由真
(2024/03/29 22:41登録)
(ネタバレなし)
 英国で起きた、卑劣で無慈悲な少女誘拐事件。その悲劇を契機に、愛妻をかつてテロリストに無差別爆殺された、退役した元将軍で56歳のヒュー・ウィルコックスは傭兵たちを組織し、有志の秘密組織「チャーチル・コマンド」として行動を起こした。未検挙の誘拐犯、そして暴走族、ポルノ産業の大物、破廉恥な行為にふけるミュージシャンなどを対象にしたチャーチル・コマンドの世直し活動は世間の賛否を集めるが、それでも彼らはいかに処罰の対象が悪党でも、直接はその命を奪わないという一線だけは守っていた。だがそんな組織のなかにやがてひずみが生じていく。

 1977年の英国作品。日本に一冊だけ紹介され、そのまま21世紀の現在は完全に忘れられた作家テッド・ウィルスの長編。当人は英国の映画テレビ界では、それなりに有名なシナリオ作家だったらしい。

 実質的な主人公はウィルコックス元将軍にスカウトされ、チャーチル・コマンドの活動にやや消極的に関わっていく38歳の独身の傭兵トム(トミイ)・バァで、彼を軸に物語が進む一方、三人称視点であちこちに叙述のカメラが切り替わり、群像劇としても物語が紡がれていく。

 20世紀の前半まで死刑執行に積極的で、1965年に死刑が廃止された英国の(おおざっぱな)国情だが、本作はそういう現実が背景にあるようで。
 冒頭からの誘拐犯など、残忍な方法で若い命を奪っておきながら、逮捕されたら税金で長年メシを食わせ、やがては放免される。でも被害者は帰って来ない、という被害者の遺族や一般市民のナマの憤りがあり、それは日本を含めた法規を守る文明国家の呻吟やある種の不満に通じるものである。

 とはいえ、組織のリーダーのウィルッコクス将軍も決して「悪は殺して報復しちゃえ」まで言うようなヒトではないので、結局は日本の『ハングマン』みたいに<悪事を暴き、恥をかかせて社会的に抹殺>という着地点になり、殺生は避ける訳だが、しかしながら秘密組織の機密を守るために、現場のメンバーたちはそんな理想ばっか言っていられなくなる。そこにひずみが出て来る。

 どっちかというと作家の主張や政治・文明的な思弁を幹にした、地味で渋い社会派スリラーという趣。80年代前半の創元推理文庫でいきなり出るよりは、ハヤカワノヴェルズあたりで(ややひっそりと)翻訳刊行された方がお似合いだったんじゃないかなあ……という雰囲気の一冊。
 なんかね、当時の同叢書が、いろいろとジャンルを拡張しようとしていたのだ? とは思うけれど。

 終盤、クライマックスの盛り上がりは、そこに事態の流れが行きつくのはむべなるかな、という印象のクロージング。ただ一方で、そこまでの紆余曲折があまりこの山場の叙述に加算されておらず、どこでこのカードを切っても良かったような……という思いも抱いた。余韻のある終わり方そのものは、悪くないけれど。
 思索を導かれるところはあったし、つまらなくはなかったけれど、一方でエンターテインメントとしてはもうひとつハジけなかったとも思う。評点はやはり「まあ、楽しめた」のこの点になってしまうのかな。

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