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ミステリの祭典

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墓場への闖入者
ヨクナパウワ・サーガ、ギャビン・スティヴンス/別邦題『墓地への侵入者』

作家 ウィリアム・フォークナー
出版日1969年01月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2024/03/27 09:23登録)
(ネタバレなし)
 1945年ごろのアメリカ南部。ミシシッピイ州北部にある、一万五千人ほどの住人が暮らすヨクナパウワ郡。そこで28歳の白人ヴィンスン・ガウリイを背後から射殺した嫌疑で、黒人の老人ルーカス・ビーチャムが逮捕された。ヴィンスンの死亡直後、そばには銃を持ったルーカスがいて、容疑は濃厚だったが、4年前のさる事情からルーカスに対してある種の心の執着を持つ16歳の白人少年チャールズ・モリソン二世は、この事件を気にかけ、拘留中のルーカスに接触する。そこでルーカスはチャールズの伯父である50歳の白人の弁護士ギャビン・スティヴンスへの伝言を願い出た。そしてチャールズ自身もおのれの考えで周囲の者の手を借り、さる行動を起こすが、そこで明らかになったのは、予期しえない意外な現実だった。

 1948年のアメリカ作品。
 フォークナーのライフワーク? ともいえる、南部の架空の地方都市ヨクナパウワ郡を舞台にした連作「ヨクナパウワ・サーガ」の一編。サーガの連作には共通する登場人物が再登場するし、本作でも数名の他作品のキャラクターが姿を見せたり、名前が出たりする。

 特に、主人公(同時にナビゲーターキャラ)の少年チャールズの伯父で、初老の弁護士ギャビン・スティヴンスは、本サイトですでにnukkamさんが書評されているミステリ連作短編集『駒さばき』の主人公探偵・ギャヴィン・スティーヴンス検事の、この時点での姿である(評者は同書は未読だが、本作の主人公の少年チャールズも、そちらでワトスン役を務めているらしい)。
 さらに同じく本サイトでクリスティ再読さんが語っている長編『サンクチュアリ』も、物語の構造上での本作との接点を持つという。
 この辺はみんな、本書(1951年のハヤカワ版)の巻末の訳者・加島祥造による懇切丁寧かつ詳細な解説で知った。
 とはいえ、本作は単品の長編として読んでも特に問題はない(関連作品を先に読んでいた方が、深みのある読書をできる可能性はあるだろうが)。

 それで本作は、人種差別問題への踏み込み、肌の色が違う者を見下しかけてしまう人間の弱さと、そしてそういう己の意識を恥じる内省の念……そのほかの文芸を言葉を紡いで語り、まちがいなく文学作品だとは思うが、同時に殺人事件の設定、提示される謎めいた興味、さらに中盤の意外なサプライズ……と十分にミステリの枠組みにも入る作品。実際に<ヘイクラフトの名作リスト>にもセレクトされている(つーか、だからオレも読んだんだが・汗&笑)。

 前述のように、評者は今回、1951年に早川書房から出た加島祥造訳で読了(現状、Amazonに本書のデータはない。また同じ訳文がのちに新潮文庫に入ったようだが、そちらも現状のAmazonデータにない)。
 訳文が古いので読み進めるのがその意味ではシンドかったが、お話そのものにはミステリらしい引きもあればストーリー面での物語性もそれなり豊富で、そういった面ではスラスラと読める。
(なおタイトルの意味は何かの観念的な暗喩かと思ったら、まんまのモノだった。詳しくは実作を。)

 で、特に重要なファクターとなる4年前のチャールズとルーカスの出会いのエピソード。その場でつい、人間として恥ずかしいことをしてしまい、その後、ルーカスへの罪悪感と自己嫌悪の念が心の一角に巣くったまま、青春時代の歳月を重ねていった少年の叙述が実に哀切だ。そんな情感めいたものに心をチクチクされながら読み進んでいったら、途中で出て来る「え?」という、良い意味での敷居の低いエンターテインメント的なサプライズ。いや、面白いじゃないの、ご機嫌じゃないの、イケるじゃないの、とそこでまたテンションがあがった。
(中盤以降、劇中でそれなりの活躍を見せるサブヒロインの老嬢、ミス・ハバシャムのキャラもなかなかいい。ちなみにこの作品、もしかしたらあの名作ミステリ映画と、その原作に影響……ムニャムニャ。)
 さらに後半の、あの『寒い国から帰ってきたスパイ』のアレックス・リーマスのかの心情吐露のくだりさえ想起させる、チャールズに向けてのギャヴィン伯父さんの述懐なんかも相応に心に響く。

 ……とまあ、あれこれホメることが可能な作品ではあるのだが、とにもかくにもジャンル小説のミステリとしては、あまりキッチリしたものを作れなかった面もあり(この、真犯人が明らかになる際のプロセスとか、なんなんだろね……)、さらにギミックとして用意された種々のオモシロそうな趣向がイマイチ実を結んでない……。
 いやまあ、作者がミステリを書こうとした、少なくとも<ミステリっぽいもの>を書こうとしていた、そんな気概めいたものだけは十分に感じるけれど。
 
 小説としては、読んでそこそこ良かったとは思う(ただしさっきも言ったけれど、旧訳なんでとにかく読みにくい)。
 で、ミステリとしても中盤までは、たしかに面白い。でもそっちの意味でトータルとしては……というところ。う~ん。

 またいつかこの「ヨクナパウワ・サーガ」ものは何か読んでみたい(それこそ『駒さばき』でも『サンクチュアリ』でもその他でも)とは思うものの、翻訳の良しあしだけはしっかり見極めて選んだ方が吉! だろーな。

 あ、加島さんの訳そのものは、デイモン・ラニアンそのほか、大好きである。本書も本文中のホントーに親切な割註とか、最後の懇切丁寧な巻末の訳者による解説とかも含めて、全体的に丁寧なお仕事だったことは認めたいんだけどね。まあ、時代の限界で訳文がどうしても古くなってる、ということで。

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