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ミステリの祭典

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天使が消えた
天使シリーズ

作家 三好徹
出版日1977年07月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2024/03/25 15:09登録)
(ネタバレなし)
 全国紙の横浜支局に勤務する30歳代半ばの新聞記者「私」は、その年の歳末、横浜市内で起きた「藤塚病院」の火災の事情を調べていた。火事の状況を知る者として、コールガールか街娼らしい若い娘「チーコ」の存在が浮かび上がる。出くわしたヤクザ者らしい相手の妨害を受けながら調査を続ける「私」だが、やがて殺人事件が発生。その事件は「私」の周囲の者にも、深く関わってきた。

 読者視点で名前の未詳な新聞記者「私」を主人公とする、基本は短編形式のハードボイルド連作「天使シリーズ」の長編第二弾(いうまでもないが、「天使」とは、主人公の「私」がそれぞれの事件簿の中で出会う、正邪のさまざまな、キーパーソン的なゲストヒロインたちを意味している)。
 本長編は「赤旗」に1972年1月5日から35回にわたって連載されたのち、カッパノベルズで書籍化(現状、元版はAmazonに登録なし)。その後で、角川文庫に入った。評者は、例によって少年時代に買ったカッパノベルズが見つからず、ブックオフの100円棚でしばらく前に購入した角川文庫版でこのたび読了。

 これも1970年代前半のミステリマガジンの国産ミステリ新刊評ページ「警戒信号」で、当時の瀬戸川猛資がその<和製チャンドラーティストぶり>をかなりホメていた一冊で、ちょうどそのころ、本家チャンドラーとマーロウに少しずつ惹かれていった少年時代の自分は、そのままカッパノベルズ版も購入した。
 しかし瀬戸川氏の作品を語る筆は例によって実作以上に? 蠱惑的で、さらに自分自身、短編の方の「天使シリーズ」の実作を読んでかなりスキになったため、この長編『天使が消えた』はなかなか封を切るのがもったいない、秘蔵品のような扱いになった(で、そのうち、蔵書が見つからなくなるいつものパターン~汗~)。
 
 そういう形で、半世紀も読むのをとっておいた作品だが、今回はもういいかな、と思って二日で読了。日を分けたが読みにくいなどということはカケラもない。話のテンポが良い上に会話もべらぼうに多く、たぶん三好徹のほかの長編をあわせても上位のリーダビリティでスラスラ読めた。
 
 で、感想だけど、う~む、確かに、気の利いた言い回し、ウィットのあるレトリック、そして主人公の気骨と等身大ぶりのバランス……などなど、和製チャンドラーには十分になっているとは思う。その辺は半世紀前の瀬戸川評にまったく異論はない。

 ただし、ミステリとしては<被害者の死体に残されたある状況の謎>というなかなか興味深い引き(「私」の胸中の疑念として語られる)で盛り上げておきながら、え、真相はそれなの? という軽い当惑。さらに後半のサプライズが早めに透けて見える事、そして真犯人の設定……など、いささかブロークンな作り、という印象も生じた。瀬戸川氏、その辺については全くノーコメントで、これはこれで良質の和製スリラー、という主旨でホメている。

 ちなみに角川文庫版の解説は郷原宏氏。個人的に郷原氏の旧世紀の仕事や評論はいまひとつ買っていない評者(21世紀になってからは、だいぶ見直したが)だが、そこではあえてミステリとしての本作の構造に苦言を呈してもおり、とても共感できる(ということで、もし角川文庫版でこれから本作を読む人は、解説に先に目を通しちゃダメだよ)。
 しかしまさか自分の中で、昭和の郷原>瀬戸川 という、共感度の優劣の図式が成立するとは思わなかった(苦笑)。

 ただし、我ながらちょっと奇妙な感覚だが、先にブロークンと書いたとおりの本作の印象ではあり、ミステリとしてのお約束定型コードをいくつか外したり、ゆるかったりする面はあるものの、一方でトータルで見るとやはりそんなに悪くない、「私」の視点で追う事件の様相が推移し、変遷してゆく成り行きにはちゃんとまとまった結晶感がある、という思いも抱ける。
 ごくたまにではあるが、そういう、パーツのこなれの悪さが気になる一方、全体としては、ちゃんとひとつの物語世界をぎりぎり築いてはいる長編……そんなのに出会うことはあるものだが、正にこれなんかソレかもしれない。
 その辺の作品全体のある種の貫録が、先の和製チャンドラー節で語られる、物語の文芸感とどこか詩情めいた要素との掛け合いで本作の魅力となっており、結局、そんなに悪い点はつけられない。

 大事にとっておいた作品がそのまま傑作・優秀作というわけでは決してなかったが、これはこれで読んでよかった一冊。そして「天使シリーズ」のファンの末席にいる者としては、またちょっと「私」というキャラクターに近づけた作品であった。 

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