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ミステリの祭典

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殺人は西へ
改題・加筆修正版『山陽路殺人事件 殺人は西へ』

作家 井口泰子
出版日1984年11月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2024/03/21 17:02登録)
(ネタバレなし)
 時代は、山陽新幹線の開通工事が進行する1970年。その11月の末、大阪府警警察学校の教官である浅川浩二郎が、いきなり姿を消した。有能ながら独走も多く「やさぐれ刑事」の異名をとった浅川の失踪は周辺で反響を招き、彼の弟分である28歳のカーマニア「パト吉(パトカーキチガイが転じた仇名)」こと大野一夫の連絡を受けて、都内に在住の26歳の編集者・木庭修子は大阪に向かう。浅川は「淀川浩二郎」の筆名で修子の出版社「日本文化社」に原稿を書いており、その縁で知り合った修子と浅川はいつの間にか互いにひそかに好意を抱き合っていた。やがて浅川当人からの連絡で、彼がさる事情から兵庫県加古川の稲家村にいるとわかるが、そこは山陽新幹線の建設ルートの一環であった。稲家村にはさらに一人の男が現れ、そして同地の工事現場周辺で殺人事件が起きる。
 
 改題・改稿されたケイブンシャ文庫版で読了。
 先日、仕事で出向いた都内の古書街の店頭、均一コーナーで本作の文庫版を見かけ、『殺人は西へ』の副題(元版の正式タイトルでもある)に懐かしさを感じて購入した。現状でAmazonにデータはないが、元版『殺人は西へ』は昭和47年8月に毎日新聞社から(たしかソフトカバーで)刊行。当時のミステリマガジンで瀬戸川氏が月評「警戒信号」でとりあげ、かなり熱のこもった(必ずしもホメてはないが)レビューを書いていたのを、なんとなく覚えていた。
 ともあれ、評者は今回、元版の刊行から半世紀後に、初めて本作を読む。

 作者・井口泰子は1937年生まれ。もともと、テレビ&ラジオ界のライターを経て「推理界」の編集者に一時期、就任。在任中に、小林久三なんかの小説家デビューも世話したようである。その後、長編『怒りの道』で乱歩賞に応募するが、和久峻三の『仮面法廷』に敗れて落選。その直後に、本作でデビューした(なお前述の『怒りの道』も73年に長編二作目として刊行)。以降は地味に長く活躍したが、2001年に他界。
  評者自身、実は長いミステリファン歴のなかで井口の長編を読むのは、少年時代に新刊で手に取った『抱き人形殺人事件』だったか『東京シャンゼリゼ殺人事件』だったかに続いて、これでまだ二冊目のハズ。ほとんど初読みのようなモンだ。

 それで中身の方だが、元版の『殺人は西へ』の新刊評で瀬戸川氏は、従来(当時)の木々高太郎の系譜に連なる人間ドラマ派推理小説、といった主旨で評価。キャラクターが当時のミステリシーンでは類がないほど生き生きと描かれ、キャラが立っている……という大意でホメている。ただし一方では謎解き部分に無理があり、犯人を隠そうともしないため、大半のミステリファンには受けないだろうとも語っていた。

 で、今回評者が読んだのは、12年後に作者が加筆修正したバージョンだから相応の異同がもしかしたらあるのかもしれないが、正直、一部うなずけるし、一部、ちょっと違う感想だな、というところも。
 
 登場人物、個々の書き込みは確かに豊潤でそれぞれのキャラ立ちも申し分ないが、一方で21世紀のこなれた商業作品を読みなれてしまった今の目からすると、ここまで脇役ひとりひとり造形しなくても……無駄な冗長感につながる……といった思いも湧くし(ケチな言い方をするなら、3分の1くらい、キャラ描写のパワーを別の作品にとっておいた方がいいんじゃないか、と思った)。

 肝心のミステリ部分に関しても、犯行現場のロケーションの面白さとそれにからむトリックめいたものとか、語られる動機と事情の妙な強烈さとか、終盤のどんでん返しとか、いろいろ仕込みと手数は感じさせるものの、その辺の興味を、比重の多い小説部分が食い合って相殺してしまった感もある。
 特に最後の方のクロージングへの流れは、良くも悪くも(どちらかというとやや悪い方に)ああ……昭和のミステリだ、小説だ、という思い。

 とはいえ作者はジャーナリストとしての経歴もあるらしく、取材の成果を感じさせる山陽新幹線の建設工事のリアリティ、土地買収の話題、さらには兵庫県の備前焼(山陽新幹線の予定地の土が、材料になる流れでメインプロットにもからんでくる)ななどの小説としての肉の厚さは、たしかにこれはこれで、ほかの作品では読めない種類の、独特の情報感と新鮮な興味を湧き起こさせる。

 全体として力作……なのは間違いないが、エンタテインメントを期待する読者が若干不在のまま、作者の方の熱量が優先してしまった一冊という感じ。
 基本的には筆力の底力も感じてつまらない、とか、飽きる、とかはあまりなかったが、いっき読みを加速させるようなベクトル感を詰め込み過ぎた内容が減じている感じ。
 清水一行(実作・宗田理)の『動脈列島』とあわせて、1970年代前半の全国に新幹線の鉄路が拡張して行く時代に興味のあるヒトなら間違いなく必読の作品ではあるけど。
 評点は0.3点ほどオマケ。

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