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ミステリの祭典

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屍衣にポケットはない

作家 ホレス・マッコイ
出版日2024年01月
平均点8.00点
書評数1人

No.1 8点 人並由真
(2024/04/16 07:23登録)
(ネタバレなし)
 アメリカはオレゴン州のコルトン郡。地方紙「タイムズ・ガゼット」の青年記者マイク・ドーランは、大衆の公器という報道の使命を忘れ、儲け主義と事なかれ主義に走る編集長トマスに反発。退社して、自ら新雑誌「コスモポライト」を立ち上げた。友人で元同僚のエディ・ビショップや、いわくありげな美女マイラ・バーノフスキーたちスタッフの協力を得ながら、地元の腐敗を遠慮なく誌面で告発していくドーランだが、広告収入体制の弱さゆえの資金難、さらには外部からの圧力など、いくつもの難関が立ちはだかる。そして街の清浄を求めて現実の汚濁を訴えるドーランの情熱もまた、少しずつひずみを見せていった。

 1937年のアメリカ作品。
 本書を読む前に作者のほかの既訳の二冊を読んでおこうと思っていたが、結局、これがマッコイ作品の初読みになってしまった(ま、そーゆーのもよくあるコトだ)。
 評者がこの作品のことを最初に見知ったのは、半世紀前のミステリマガジンの連載、小鷹信光の「パパイラスの船」の中でのことだったような記憶がある。

 異性関係において相応に奔放だが、政情の汚濁には強い熱い義憤を抱く正義漢の主人公ドーラン……と書くと、もしかしたら、人間的にバランスの良い、遊びもこなすが根は真面目な陽性の熱血漢をイメージされるかもしれない。
 が、実際に本作の中身を読んでいくと、そういう受け取り方だと微妙にニュアンスが違う。いや、大枠ではその認識で決して間違いではないのだが、前半の正義感の暴走ぶりからして、この主人公はどこか(?)いびつである。

 だから(あまり書いちゃいけないが)中盤になってドーランが半ばやむなき事情からある種のダーティプレイともいえる行為に走ると(正義と大義のため? だが)、かえってそこでやっ
と、座りの悪い主人公の人間味を見いだせたような気分で、ホッとする。
 さらに物語の後半、ドーラン自身がある局面において、かなり印象的な叙述で、自分の行動の軌跡の是非を自問するが、そこでようやく物語全体にバランスが感じられるようになってくる。

 とはいえ、本作は、そんなほぼ全編について回るある種の居心地の悪さそのものが魅力的な作品でもあり、そんなザワザワ感が、スピード感のある筆遣いのなかでいっきに語られる。
 一作読んだだけでアレコレいうのも浅はかだが、これがマッコイの作風か?
 
 終盤の展開は(物語の決着点はもちろんここではナイショだが)、お話がちょっとでも横にぶれると空中分解しそうな危うさがあり(特に最後の取材対象の大ネタのあたりとか)、読み手の側もかつてない綱渡りめいた緊張感を味わった。
 エンターテインメント物語が読者を饗応するのとは別の意味で、独特のスリリングさがあった作品である。

 個人的にはかなり惹かれた作品だが、できがいいとか完成度や物語の結晶度が高いなどとかは口が裂けてもいえない。Amazonのレビューというか採点はものの見事に、諸氏の評価の高低の差が激しいが、それもよくわかる。しばらくしてから読み返したら、また違った顔を見せそうな作品。
 少しあとの時代の作家と比較すると、マッギヴァーンの諸作あたりと、ある部分で大きく重なり、またその一方で、別のある面で対極ともいえる文芸を感じさせる、そんな作品であった。

 なお題名は「ポケットに金を突っ込んでいても、死んだあと、あの世までには持ってはいけない(だからやることやるなら、生きてる内だよ、ってこと)」の意味。うん、最後まで主人公はおのれの望むままに生きて突っ走った物語であった(←ギリギリ、ネタバレになってないつもりだ)。

 評点は0.5点くらいオマケ……かなあ。素直に黙って8点あげたいとも思うんだけど、そういうつもりで評点しちゃうと、なんかウソになるような気がする。とはいえ、とにもかくにも、よく発掘翻訳してくれました。その事実を評点に勘案するなら、十分に8点だ。 

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