(2023/11/22 18:17登録)
本書は東京文京区で起こった実在の女児殺害事件を彷彿させる内容が盛り込まれている。といってもノンフィクション手法を使っているわけではない。事件はあくまでもモチーフであり、人物造形や舞台設定、ストーリー運びなどは純然たる創造の産物だ。でありながら、現実に事件を引き起こした女性の内面、心の闇に触れたような気にさせる。ひいては、人なら誰しも抱えているであろう犯罪者になる可能性、マイナス性向まで抉り出している。主人公のぶ子は娘を名門幼稚園にどうしても入れたい。いわゆるお受験戦争真っ只中にいるのだ。夫はごく平凡なサラリーマンだが、受験情報を得るため裕福な主婦グループと付き合っている。地味ゆえに場違いな雰囲気を醸し出すのぶ子はグループ内で蔑まれる。それでも戦争から撤退しないのは、弁護士を夫に持つ幼馴染の十和子を見返したいからだ。彼女はのぶ子と対照的に子供のころから華やかで、今もグループのリーダーとして輝いている。のぶ子が十和子の娘を殺害するまでの道のりが物語の基本ラインである。途中、グループの一員である別の主婦を陥れるため策を練ったり、幼女殺害後に老練な刑事と心理戦を繰り広げたりと、ストーリー展開はエンタメ色が強い。同時にドストエフスキー的な香りともいえる深みが感じられる。作者は犯罪を通し、なぜ人は人を差別し蔑んでしまうのかという永遠の問いに答えようとしている。
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