home

ミステリの祭典

login
ブルーフィルム殺人事件

作家 石沢英太郎
出版日1980年12月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2023/09/17 04:40登録)
(ネタバレなし)
 評者は今回、講談社文庫版で読んだが、元版は1978年に立風書房から同じ表題作の書名『ブルーフィルム殺人事件』で刊行(現時点でAmazonにデータ登録なし)。
 内容は以下の7編を集めた、ノンシリーズものの中短編集である。

「都府楼殺人事件」(元題・天満宮殺人事件)
「浮かされた男」
「ブルー・フィルム殺人事件」
「ちゃんちきおけさ」
「秘境殺人事件」
「噂」
「縁切り地蔵殺人事件」
 
 各編はノンシリーズ編ながら、テーマはほぼサラリーマンものの社会の周辺で起きる殺人事件または事件という趣向で共通している。さらに7編のうちの6本が九州を舞台にしたものだ。

 なお文庫巻末の解説によると旧版の「天満宮殺人事件」は、単行本が出て文庫版が出るまでのあいだに九州の放送局でラジオドラマ化され、その際に物語の舞台である博多出身の声優さんが、原作の方も方言のチェックを行った。
 要は方言としてより正確に、ということでその声優氏協力のもとに改訂を敢行。文章全体が推敲され、作品名も改題されて「都府楼殺人事件」として改めて文庫に収録された。こういう別メディアがからんだ改訂の経緯などは当方には寡聞な事態で、なかなか興味深い。

 以下、簡単にメモ&寸評。

「都府楼殺人事件」
……会社中堅職の巻き込まれ型サスペンスの形でストーリーが途中まで進行するが、意外な事件の奥行きが掘り下げられていき、最後は無常観の漂う人間ドラマとして落着。純粋な謎解きものではないが、伏線の張り方や人物の配置など、かなり味わい深い。巻頭からこのレベルということで、本全体の期待値も高くなった。

「浮かされた男」
……丸の内を舞台にした、本書内で唯一の非・九州作品。日本版EQMM時代のミステリマガジンか日本版ヒッチコックマガジンに載る海外短編のような感触で、これもなかなか。

「ブルー・フィルム殺人事件」
……表題作。<ブルーフィルム(エロ映画)>という呼称の由来がグレアム・グリーンの短編によるものだということを、恥ずかしながらこれで初めて知る。人間関係の綾が絡み合う、苦みのある一編。

「ちゃんちきおけさ」
……これもクライムストーリー的な雰囲気の一本だが、まるでスレッサーかジャック・リッチーの佳作~秀作のよう。本書のなかでは、特にある種の振り切った持ち味を感じさせた。

「秘境殺人事件」
……九州の、そしてある分野へのトリヴィアがやや過剰で、本書のなかではいちばんミステリとしての切れ味は鈍いかもしれない。人間関係の反転(というべきか)など、面白げな要素もあるが。

「噂」
……会社内のとある人物(実質的な主人公)の立場の変遷を、語り役の一人称の視座から眺めて綴っていく物語。ミステリ味はやや希薄で、もっとも普通小説に近い味わいだが、最後まで読んで残るものは重い。しかし、否定的、揶揄的なニュアンスで語られているとはいえ、ある人物のセリフ「男は、やはり強姦してでも女を征服すべき」というのは、今じゃ絶対に印刷できんわな。

「縁切り地蔵殺人事件」
……玉ねぎの皮が少しずつ剥けていくように、事件の実相と外からの展望が変移していく密度感のある内容。最後の決着のつけ方も、よくできた倒叙ものミステリののクライマックスのようで(本作は倒叙ものではないが)、なかなか鮮烈。

 石沢英太郎は短編の名手、という評価をどこかで目にしたようなうっすらとした記憶があるが、ああ、なるほどと一冊読んで実感。とび外れた傑作はなかったが、佳作~秀作が集まった感触は確かにある。またそのうち、別の中短編集も手にとってみよう。

1レコード表示中です 書評