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ミステリの祭典

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空襲の樹

作家 三咲光郎
出版日2023年01月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2023/08/26 07:31登録)
(ネタバレなし)
 昭和二十年八月十五日。「ワニガメ」の異名を持つ淀橋署のベテラン刑事・渡良瀬政義は、玉音放送で日本の敗北と戦争の終焉を知る。それから二週間、GHQによる警察組織改組の噂で緊張が続くなか、淀橋署の管轄の一角で、一人の身元不明の外国人が射殺された。マッカーサー元帥の正式来日が近づくなか、GHQのMPは淀橋署に圧力をかけ、さまざまな制約を課す一方で事件の早期解決を迫る。署長・上尾の指示を受けた政義は、横浜の回天特攻部隊から復員したばかりの若手刑事・須藤秀夫を相棒に、不透明な事件を追うが、彼らの前にはいくつもの壁が立ちはだかっていた。

 「第一回論創ミステリ大賞」受賞作。

 先に評者がレビューした小早川真彦『真相崩壊』と最終候補を競って勝った長編で、特異な時代ロケーションを大設定とした警察小説。

 評者はこの作者の著作は初めて読むが、すでに旧世紀から小説を著しているベテランのようで(1959年生まれ)、第二次大戦前夜や終戦直後の時代設定の長編も何冊か書いているようである。

 そんな作者の長編(くだんの大戦前後もの)に関して、Amazonのレビューのひとつで「当時の時代の情報はしっかり書かれている一方、登場人物の性格や思考がまったく21世紀の現代のもの」という主旨のものが、たまたま、目についた。
 で、正直、評者が本作『空襲の樹』を読んで抱いた感慨が、実にソレに近い。
 そしてそのこと自体は決して悪いことばかりではない(たしかに劇中人物の思惟や言動は、そういう感触の分、とても呑み込みやすくはある)のだが、たしかに何か、妙な味わいはあった。
(あまりに感度の高いフィルムで、薄暗い焼け跡の街並みを撮影しすぎて生じた、現実感を欠く違和感……とかに、近いのかも。)

 ミステリとしてはかなり入り組んだ事件の構造で、この作品も登場人物のメモを作りながら読んだ方がいい。読みやすい文章・文体で、登場人物の総数も名前があるだけで30人ちょっとと決して多くはないのだが、もしかしたら、情報の多さで後半は読み手がオーバーフローしかねない(汗)。
 とはいえ、真相の大きなものの一つは、伏線が丁寧すぎて早々に大分かりしてしまうし、さらにそんな一方で、キャラクターの配置がいささか図式的に過ぎるのでは? という面もなきにしもあらず。

 ただし、不満はあれこれ覚えるものの、結構、泣かせ込みの小説としては読ませる面白さもあった。登場人物が一部パターンと苦言を吐いた一方、実は意外に面白い運用をされているサブキャラクターもいたりする。
 
 まとめるなら、得点と減点が相応に相殺しあって、いくぶんだけ好印象の方が勝ち残るそんな昭和時代ものの警察小説の変種。少なくとも十分に佳作ではある。
 出版社の方で大騒ぎするほどのこともないとも思うけれど、クロージングの情感も良い。
 評点は0.5点くらいオマケ。

 たぶんもう渡良瀬政義に出会うことはないだろうけど、可能ならあと一冊二冊くらい、この時代設定に続く事件簿を読ませてもらいたい、と思ったりもする。

 最後に、誤植が多いのだけは問答無用に減点。
 その辺は、いかにも悪い時の論創の刊行ミステリである。

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