大氷原の嵐 |
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作家 | ハモンド・イネス |
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出版日 | 1978年10月 |
平均点 | 9.00点 |
書評数 | 1人 |
No.1 | 9点 | 人並由真 | |
(2023/08/25 20:26登録) (ネタバレなし) 「私」ことダンカン・クレイグは、第二次大戦中に英国海軍の軽巡洋艦の艦長だったが、戦後は失職。仕事の伝手を求めて、知人のいるケープタウンを訪れた。だが当てにしていた仕事は空振りで意気消沈していたところ、現地までの飛行機で面識があった南極捕鯨船団会社の代表ブランド大佐に声を掛けられる。ブランドの用向きは、クジラを解体する大型工船と5隻の捕鯨船(キャッチャーボート)で船団を組み、南極で四カ月の捕鯨を行なうが、計画の間際になって捕鯨船の船長のひとりが負傷。代行を頼みたいというものだった。一方、南極では先行した捕鯨船団の一員で、工船支配人のバーント・ノーダルが変死。ブランド大佐は、その詳しい事情を確認するためにも出航を急いでいた。さらに航海には、ノーダルの娘で、ブランドの息子エリックの妻ジェシカも参加するらしい。クレイグは申し出に応じ、捕鯨の専門知識もないまま捕鯨船団の船長たちの末席につく。だが南極でそのクレイグと仲間たちを待っていたのは、タイタニック以来の史上最大級の海難となる未曽有の惨事であった。 1949年の英国作品。イネスの第13番目の長編。 1972年の元版のハヤカワ・ノヴェルズ版(現状でAmazonにデータ登録なし)で読了。 冒頭プロローグの客観的かつ冷徹な、三人称視点のニュース描写が南極の極海で起きた前代未聞の海難事故の概要を描写。 続く本筋の第一章から叙述は主人公ダンカン・クレイグの一人称視点に切り替わり、彼が巻き込まれた(ある意味で)極海での窮地とそこからの脱出行を語る。 キーパーソンとなる人物が、ブランド大佐の息子で、本作のヒロイン・ジェシカの今は心の離れた夫であるエリックの存在。大自然の脅威に主人公クレイグとその仲間たちが晒されるなか、彼が、さらなる負のファクターとしての役回りを務める。 (ブランド父子の距離感は、ちょっと、のちのフランシスの諸作とかに出て来る、多様な親子関係の文芸性を想起させたりもする。) ジェシカの実父で先行した船団の中心的な人物であったノーダル、その死の真相の謎。それがそれなりのミステリ成分を提供するが、もちろん物語の主軸はそちらにはない。 絶対危機の海難(遭難)劇のなか、あるものは斃れ、あるものは生き抜く、その群像劇と極海の脅威を活写した自然派の堂々たる重厚な冒険小説である。 これまでこの手の酷寒もの冒険小説の最高傑作は、マクリーンの『北極戦線』とオットー・マイスナーの『アラスカ戦線』が不動のツートップだと確信していたが、これは僅差でそれらを上回る内容。 移動する氷山、氷原の突然の亀裂などの臨場感、サバイバルのための知恵や工夫、移動の際にいかに体力を温存するかのリアリティ……中盤以降の絶対クライシスの状況のなかで想定される多くのことが、容赦のない、執拗なまでのデティルの積み重ねで語られる。(細かい事は言わないし言えないが、読んでいて、とことんまでに体力を奪われる……。) 書き手はどこまで底なしに胆力がある作家だったんだという感じで、改めてハモンド・イネスという巨匠のスゴさを実感した。 まあイネスは自作の執筆の前に、次作の舞台となる場のロケーションをみっちり仔細に、自分の足で赴いて取材し、リアリティを築くのだから、本作の場合も最初に取材や調査で得たものが大きく多く、それが作品の出来に反映されたことになる。 間違いなく、現状まで読んだマイ・イネスのオールタイムベスト3に入る出来。『メリー・ディア』のクライマックスや『キャンベル渓谷』のしみじみしたクロージングにも惹かれるが、本作の余韻もなんともいえない。 ネットで知ったが、アラン・ラッド主演で映画化されてるのだな、これ。そのうち、機会を見つけて観てみたいと思う。 |