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ミステリの祭典

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呪文

作家 星野智幸
出版日2015年09月
平均点5.00点
書評数1人

No.1 5点 小原庄助
(2023/07/05 09:18登録)
舞台は、東京の某私鉄沿線がモデルと思しき松保という名の商店街。理不尽なクレーマー騒動を逆手に取って、松保商店街組合の若きリーダーである居酒屋店主・図領が、若者に人気に隣駅に押され世代交代もうまくいかずに寂れかかっていた商店街の復活を企てる。
章ごとに複数の登場人物の視点を切り替えることによって、この小説は何の変哲もない平凡な街で、取り返しのつかない状況が刻々と進展し、拡大してゆく様を臨場感たっぷりに描いている。ここでの「正しさ」を支えているのは、理想や希望と呼ばれているものである。当然のことながら、これらには誰もが抗い難い。理想も希望も枯渇していると思われているなら尚更である。真のディストピアは、ユートピアの仮面を被っている。
だが作者の目論見は、救世主や英雄と思われた者が実は悪魔の手先だった、という寓話的な仕掛けには留まらない。この小説のタイトルに冠された「呪文」という語は、具体的には後半に出てくるあるスローガン、合言葉、託宣のことだが、むしろ焦点は呪文にあっけなく憑依される弱さを、呪文を口にすることで得られる強さと勘違いをすることの怖さ、恐ろしさである。日本社会に潜在するネガティブなエネルギーが充填されている。

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