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ミステリの祭典

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フェルショー家の兄

作家 ジョルジュ・シムノン
出版日1970年05月
平均点5.00点
書評数1人

No.1 5点 クリスティ再読
(2023/02/21 16:48登録)
筑摩書房世界ロマン文庫のシムノン。このシリーズ、「紅はこべ」「ソロモン王の宝窟」「恐怖省」といった古典的なスパイ・冒険小説をコレクションしたものだけども、そこにシムノン。意外と言えば意外なんだが、国際的な広がりが珍しくある小説だから、というような理由だろうか。

事件は、ある。サスペンス色はわりと感じられるのだけども、その事件というのが植民地経営者として「コンゴの王者」のような立場にあったフェルショー兄弟が、植民地での原住民殺害事件をほじくり出されて窮地に陥り、フランスからパナマに逃亡する話。それをフェルショー兄の秘書となった青年ミシェル・モーデの眼から描き、さらにパナマでの亡命生活とその破局に至る経緯を描く。というわけでコンゴでの事件は背景にあるだけで、それ自体がどうこう、という小説ではない。実際主人公は野心的な青年モーデの方で、偏屈な変人、だが植民地で荒っぽく稼いだ伝説の男に魅了されて秘書となるが、自身の野心に苛まれつつ、パナマでの死んだような亡命生活からの脱出を狙う..

事実上「悪の教養小説(ビルドゥングスロマン)」と見るのがいいんじゃないかな。ダイナマイトを投げつけて原住民を三人殺害したフェルショー兄の「伝説」と、現在の偏屈さ、さらにはパナマで生気を失ったような生活を送るみじめな老人を見つめる、モーデの視線のなかに「自分はフェルショーのような『何者か』になれるのだろうか?」という、焦りの気持ちと不安感というものが含まれないわけはない。この憧憬と自尊心と倨傲にさいなまれるモーデの姿が本作の焦点であり、このためにモーデもいろいろなものを犠牲に捧げることにもなる。
だからある意味、「男の首」のラディックを脱ロマン化してずっと小物にしたようなキャラだ、ということにもなるのだ。

一般にシムノンの「ロマン」はすっきりしない話が多いのだけども、本作はとくにすっきりしない話。雰囲気とかグレアム・グリーンとの共通性みたいなものを感じるんだがなあ....シムノンのロマンではわりと長めで、翻訳がやや分かりづらい。大したことないがやや難航、でこんなくらいの評価。

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