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ミステリの祭典

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素晴らしき世界
ハリー・ボッシュ&レネイ・バラードシリーズ

作家 マイクル・コナリー
出版日2020年11月
平均点9.00点
書評数1人

No.1 9点 Tetchy
(2023/02/10 00:18登録)
『レイト・ショー』で登場した新シリーズ・キャラクター、レネイ・バラードとハリー・ボッシュが早くも共演!

ひょんなことから2人で捜査に当たることになったのは9年前に起きた未解決事件だ。それはデイジー・クレイトンという当時15歳で亡くなった街娼をしていた少女の殺害事件だ。
これがなんと前作『汚名』の囮捜査で知り合った薬物依存症の女性エリザベス・クレイトンの娘が亡くなった事件であることが判明する。
いやあ、まさかあの作品の最後にエリザベスに誓った事件の捜査を読めることになろうとは、コナリーは本当に読者のツボを押さえる術をよく知っている。

しかしそちらは余技的なもので、昼勤のボッシュが担当する事件は14年前に起きたサンフェルナンドを牛耳るギャング、サンフェル団のボス、クリストバル・ベガ殺害事件だ。

このシリーズを読む醍醐味の1つとして警察というものの生態が実に肌身に迫るように感じられることが上げられる。
カードに詩を残した警官は詩人のように自殺した。
また未解決事件の捜査で当時の担当刑事に状況を尋ねると自分が解決できなかったのだから誰も解決できないと決めつけて素っ気なく応対する刑事もいる。

物語はバラードの章とボッシュの章が交互に語られる。この構成が2人の刑事を対比させ、そして胸に沁み入りさせる。

レネイ・バラードはまだ若い女性刑事だ。上司に逆らった廉で深夜勤務専門の刑事となっているが、彼女はそれを自分の中で大切なものとしている。彼女の周りにはしかし彼女を理解する者がいて、彼女を陰ながら応援している。

一方ボッシュは定年を過ぎ、サンフェルナンド市警の予備警察官という無給の刑事だ。しかし彼は長年行ってきた規則から逸脱した捜査の仕方が身に沁みついており、その強引さゆえに過ちを犯し、そしていつもクビになるリスクを伴う。ボッシュの周りにはいつも仲間が、連れが去り行くのだ。

この老いた男性刑事と若き女性刑事の境遇はまさにカードの表と裏のような関係だ。

さて今回の作品の原題は“Dark Sacred Night”、つまり『暗く聖なる夜』だ。それは既にボッシュシリーズ9作目、原題“Lost Light”で使われている。この原題はルイ・アームストロングの名曲“What A Wonderful World”の歌詞の一節であることから訳者は逆に曲の題名を少し変えて『素晴らしき世界』と名付けたことだろう。しかしこの一節、実は作中にも出てくる。
それはバラードがゴミ集積場の中から行方不明者のバラバラ死体を昼勤の刑事が捜すのを手伝い、無事遺体が見つかった時にお互いに「なんてすてきな世界だ」と言葉を交わすのだ。これが即ち原文ではルイ・アームストロングの題名そのままであり、ここから訳者は邦題を採ったと思われる。どうもコナリーはこの歌が大好きのようで確か作中でもボッシュがBGMで流した場面があったと記憶している。今後原題が“What A Wonderful World”になったら、訳者はどうするのだろうか。

ボッシュはバラードに刑事としての激しさを、何があっても前に進み続ける強さを見出したからだ。
ボッシュとバラード、カードの表と裏、そして陰と陽、警察の外側と内側。
そんな2人は実は相反することなくいつも背中合わせの存在なのだ。

今まで何人もの相棒と組み、または育ててきたボッシュにとってレネイ・バラードは最後の切り札になるのだろうか。
これから書かれるであろう2人のコンビとしてのシリーズ作を愉しみにしようではないか。

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