home

ミステリの祭典

login
肩をすくめるアトラス

作家 アイン・ランド
出版日2004年10月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 tider-tiger
(2023/01/10 01:16登録)
~資材の供給が不安定な中でタッガート大陸横断鉄道が新たな路線を敷き、老朽化した路線の補修を試みることは困難だった。だが、副社長のダグニー・タッガードは反対意見を押し切ってハンク・リアーデン開発の新しいメタルを採用、経営は軌道に乗りはじめた。ところが、弱者救済の名の元に企業に対する規制がだんだんと強まり、政治的な駆け引きに長けた者ばかりがのさばりはじめる。国内は混乱し、優れた経営者が一人、また一人と行方をくらましていくのだった。

1957年アメリカ。舞台はアメリカのようでアメリカではない架空の国家。思想小説とされることが多いが、エンタメとして分類するならばディストピア小説。登場人物の大半が支配層、知識層、経営層に属しており、お城の上で大騒ぎしているばかりの小説ともいえる。
さほど捻りはないが、話の骨格自体はけっこう面白い。特に前半はエンタメとしてもかなり愉しめる(後半は長大なお説教と不要な恋愛話のせいで大減点)。キャラはそこそこ立っているが、深みはまったくない。
この手の作品では珍しく描写が映像的(後半はそうでもない)。ただ、語順が不適切で意味の取りづらい文章が散見される。
各業界にきちんと取材をして書かれたそうだが、現場の息遣いが感じられなかったのは残念。
お金の意味について真剣に論じている部分はなかなか興味深かった。

万華鏡小説。狭い覗き穴の中に極彩無限の世界が広がる。だが、その世界は実際にはいくつかの小さな部品だけで構成され、大雑把な見方をすれば、同じ風景の繰り返しともいえる。
電話帳サイズの本だが、文庫化されて三分冊となった。文庫版も2000頁くらいはあると思う。
作者はソビエト連邦出身で母国で散々苦渋をなめてきたそうな。知性、理性、個人の自由、資本主義、能力主義などを肯定する内容だが、はじまりは否定、すなわち根底には反共思想が横たわっている。 
作品内の架空政府がやっている「自国の企業を規制で縛って国全体を衰退させていく」くそバカな手法は西暦1949年に建国されて以来4000年もの歴史を誇るとある偉大な国が現在やっていることに似ている。目的が権力の維持という点も同じである。
ダグニーと仲間たちは敵である支配層の連中に痛めつけられはするが、心底から彼らをバカにしている。実際かなり低能な連中であり、敵が手ごわくないので緊張感もあまりない。エンタメとしては大減点だが、正しい思想をもって敵の誤った思想を糾弾する小説であり、精神性において主人公たちが常に上位にいるのは作者にとっては必然だったのかもしれない。
とにかく本作は視野が狭く、それゆえに極論へと走る。
本当にアメリカのエリート層の多くが本書を愛読しているのか? 
けっこう厨二病的な要素がある。
『ニジンスキーの手記』を読んでいた時と似た苛立ちを感じた。
『高い城の男』と似た感触もあった。
『カモメのジョナサン』が嫌いだという方は、たぶん本作も嫌いだと思う。
アイン・ランドはアメリカと日本で知名度に圧倒的な差がある。日本人の感性には馴染みにくい作風だと思う。日本のアカデミズムが毛嫌いするような作品だとも思う。

毀誉褒貶が著しい作品である。
アイン。ランドは『保守の女神』だとは思わない。『自由主義者』でもない。
『悪貨は良貨を駆逐する』的なことを言っているが、この主張は本質的には正しいと思う。さらに悪貨の定義に関してはかなり鋭い。ただ、良貨の定義はかなり怪しく、また、あまりにも教条的で人間と非人間を自身の価値観で切り分ける恐さがある。全体主義から逃れてきたはずのアイン・ランドが別種の全体主義を構築するようなことになりかねないと感じる。
正しいことを言っている。インパクトもある。それだけに有害図書足り得る。
個人的には7点の作品だが、長さとお説教のせいで他人さまにはお薦めしづらいので6点とする。

個人的な感想を最後に。
エディ・ウィラーズのような男を見捨てなくてはならないのだったら、自分は天国への切符は謹んでお返しする。

1レコード表示中です 書評