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ミステリの祭典

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鏡の迷宮 パリ警視庁怪事件捜査室
パリ警視庁ヴァランタン・ヴェルヌ警部

作家 エリック・フアシエ
出版日2022年10月
平均点8.00点
書評数1人

No.1 8点 人並由真
(2022/12/16 06:27登録)
(ネタバレなし)
 七月革命の余波に揺れる1830年のパリ。「フランス国民の王」ルイ=フィリップのもとで権勢を得ようと野心を抱く富豪で下院代議士のシャルルマリー=ドーヴェルニュは地盤と人脈の強化のため、25歳の放蕩息子リュシアンをノルマンディーの富豪の令嬢ジュリエットと政略結婚させようとしていた。結局、思いのほか若者たちは良い雰囲気になっていたが、そんな矢先、唐突にリュシアン青年が身投げ自殺? する。しかもその死に顔には、不可解な笑みが貼りついていた。パリ警視庁風紀局第二課に属する弱冠23歳ながら、近代科学を学んだ学究の徒でもあった敏腕警部ヴァランタン・ヴェルヌはこの事件の捜査を命じられるが、そんなヴァランタンはもうひとつ、彼自身が為さねばならぬ犯罪捜査の宿命があった。

 2021年のフランス作品。
 同年度の仏国出版界の優秀賞「メゾン・ド・ラ・プレス賞」(有名なところでは以前にビュッシの『彼女のいない飛行機』が受賞)を授かった長編。
 
 カーの歴史もののロマンス活劇の部分を21世紀風のエンターテインメントに仕立て直したというか、山田風太郎の「明治もの」の味わいでこの時代設定のパリでの怪事件の捜査と冒険、ロマンスを語ったというか、とにかくひとことで言えば、時代ものミステリとして、非常に面白かった(有名な、史実上に実在のあの「名探偵」も、メインキャラクターの一人として登場する)。

 ミステリ要素はいろいろと仕込まれているものの、評者程度の読者でもそれなりにアレコレ先読みできてしまう(とはいえ全部が全部のネタや伏線の推察は、ちょっと困難かも?)。
 が、いずれにしろストーリーテリングの妙は実に達者で、上に挙げた時代もののミステリの要素を全部踏まえながら、スティーブン・キングかシェルドン辺りに書かせればこうなる……とまではさすがに、いかないか(汗)。ただまあ、その辺のニュアンスにかなり近いところまで行った手ごたえは十分にあり、娯楽痛快洋物時代劇エンターテインメントとしては、じつにオモシロイ。
(一部、クソ外道の悪役の描写に不愉快な思いがするが、まあその辺の読み手の感情の刺激も、娯楽作品の成分の範疇であろう。たぶん。)

 主人公ヴァランタンと、メインヒロイン格の若手女優アグラエとの恋の成り行きが、まるで半世紀前の我が国の少女漫画だが(もちろん、そーゆーのはキライではないが・笑)、物語の時代設定のなかで「まあ、アリなんではないの」という気分にさせられ、全編、微笑ましい。アグラエは、個人的には今年の翻訳ミステリ新刊の中で出会ったメインヒロイン、そのベスト5候補のひとりにあげたい。

 作者はすでに一ダースの長編小説の著作があるベテラン(または中堅)作家だそうだが、本作はそんな書き手の新シリーズものとして開幕され、すでに本国では二冊目も出ている模様。いろんな意味で続きが気になるので、早めに出してほしい。
 最後に、非常に達者で読みやすい翻訳に感謝。

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