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ミステリの祭典

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反撥

作家 ジム・トンプスン
出版日2022年10月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2022/12/10 15:29登録)
(ネタバレなし)
「俺」ことパトリック(パット)・M・コスグローヴは、33歳の青年。もともとは大学進学を志した秀才だったが、18歳の時にノリで強盗事件(誰も傷つけてない)を起こしてしまい、15年も苦難の収監生活を送っている。身寄りのないコスグローヴは、保釈時の身元引受人になってくれる人物を求めて州内の各界の名士に陳情の手紙を送るが、ほとんど相手にされない。だが50歳前後の精神科医「ドク」こと、ローランド・ルーサー先生が出所後の後見役を買って出た。大喜びで、二度と刑務所に戻りたくないと、我が身を糺すコスグローヴ。だが彼は同時に、うまい話には何か裏があるはずだと、ドク自身とその周辺の面々の思惑を探り始める。
 
 1953年のアメリカ作品。
 すでに売れっ子作家になり、量産体制に入っていた時期に刊行されたトンプスンの著作だが、実際にはクライムライターとして物書き仕事の作風を方向転換した時局に書いた長編犯罪小説の二冊目、1949~50年頃の作品で、どこにも売れずに名を成してから上梓されたらしい。
 邦訳本の巻末には評論家・大場正明氏による、トンプスンの映像化作品との比較を主軸にしたこってりした解説(もちろん本作の解題もふくむ)が掲載されているが、トンプスンの著作をさほど読んでない評者などには、いささかヘビー(笑・汗)。
 
 というわけでこのレビューでは純粋に本作『反撥』の感想になるが、評者がこれまで読んできた何冊かのトンプスン作品とはかなり毛色が異なる。
 簡単に言ってしまえば、トンプスンというよりウールリッチの巻き込まれ型サスペンスというか、フランク・グルーバーのノンシリーズものみたいな味だ。

 いやトンプスン作品は、おおむね軸となるダークなノワール性の一方でどこか軽妙な陽性のユーモア(しばしかなりひねくれたものになるが)が常在しているとは思うし、極悪人ではない主人公の受難サスペンスの方も、クライムノワール作品と通じる面もあるのだろうから、決しておかしなことではないのだが、全編を読み終えて、あれれ? と軽く驚きながら解説を読み、得心が行った。
 たぶん犯罪小説ジャンルに足を踏み入れた作者が、ある意味、習作的に前述のような既存作家の作風を倣って書いたものであろう、これは。

 とはいえ、単に習作と軽く見るには非常によくできた作品(普通のミステリとして)だと思うし(主人公コスグローヴが徐々に真相に迫っていく中盤からの流れが秀逸)、さらに過酷な刑務所に戻りたくないと強く念じながら、ぎりぎりのグレイゾーンのヤバイ領域に自覚的に足を踏み入れるコスグローヴの行動のサジ加減もまた絶妙。後者の部分などは確実に、のちのトンプスン作品の萌芽を感じる(まだ読んだ作品が4~5冊目でいうことではないか・汗)。

 そういう訳で、これはよくあるタイプのサスペンスものから後年のトンプスン作品への過渡期、グラデーション的な面白さと魅力を実感できた一冊。
 正直、評者などは、こういう作風の時期の著作をもっともっと読みたかった面もあるが、たぶん過当競争のアメリカミステリ出版界のなかで、それでは現実に当時、やっていけない面もあったのかも知れない(似たようなタイプの作家は、すでに大家や中堅がいるのだから、という意味合いで)。
 
 トンプスンの著作をもっともっとしっかり、大系的に読み込んでいる人ならさらに別のものも見えてくるかもしれんね。まあガチガチの愛好家の人は、物足りない、と思うかも知れない? とも観測しもするが(笑)。

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