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ミステリの祭典

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明日をこえて

作家 ロバート・A・ハインライン
出版日2022年09月
平均点5.00点
書評数1人

No.1 5点 人並由真
(2022/12/07 06:34登録)
(ネタバレなし)
 中国と日本、両国の人種が融合した黄色人種国家「パンアジア帝国」の侵略によって支配されたアメリカ。今や全米の国土は帝国の皇太子によって統治され、生きのびたアメリカ市民の生活は上陸してきたパンアジア帝国の軍人や官僚たちに管理されていた。事実上、敗軍の残党となったアメリカ陸軍少佐ホワイティ・アードモアは、ロッキー山脈の中の秘密科学研究所に接触。そこで研究されている、白色人種には無害だが黄色人種のみを殺戮する殺人光線そしてその延長上の超兵器に、アメリカ奪回の希望を託した。そんなアードモアたちがさらに展開した戦略上の作戦は。

 1941年に雑誌連載され、戦後1949年に書籍刊行されたハインラインの第四長編。唯一の未訳長編だと聞いたので、じゃあこれを逃すともうハインラインの長編を新刊で読める機会はないな、と思い、手にとった。しかし実は評者、ハインラインは初読みで、最初に読んだのが『宇宙の戦士』でも『夏への扉』でもなく、コレかよ、といささかフクザツな気分である(苦笑)。

 もともとは大戦の影が色濃くなってきた時期に、白人上位主義者でWASPというレイシスト作家J・W・キャンベル(『影が行く』ほか)が基本アイデアを構想し、その骨子で当時まだ新人のハインラインに実作させた作品だそうである。
 しかしナチスのホロコーストのごとく、強制収容所に隔離した一般アメリカ人を虐殺するパンアジア人の描写(痙攣光線なるけったいな武器で、赤ん坊を抱えた母親を親子ごと無残に殺す)とか、悪趣味というか作家倫理を疑う内容。1940年代の初め、キャンベルがいかにアジア人(というか日本人)を敵視、警戒していたか察せられる。

 聞くところによると、矢野徹もこの作品だけは翻訳したくない、と敬遠したまま亡くなったそうで、あー、さもありなんと納得できる。

 なんつーか、我が国の筒井康隆の初期作品(実はほとんど読んでないが)に対して評者が勝手に抱くナンセンスバイオレンスな作風のイメージ、あれを真顔で書く可哀そうな作家が実際にいたら、こんなのができるだろうな、という感じだ(いやそれが、現実にいたわけだが)。
 
 とはいえ中盤以降の反乱作戦のユニーク(アホ)な段取りは、良くも悪くもSFのホラ話性を感じさせ、冷めきったアタマで単純にエンターテインメントとして読む(読めるのか?)なら、そこそこ面白くはある。
 終盤、コトの大方が過ぎ去ったあとにもう一幕起きる、アホでどこかほんのちょっぴり切ない? ドタバタ騒ぎも、ああ、小説としてうまいな、と思わせる。

 本当にこれ全部、作者が自覚的な冗談小説として書いてるんなら、いいんだけどね。それなら小林信彦の諸作みたいで。

 40年代アメリカSFはまったく大系的には読んでいない評者だけど、当時こんな一作があったことは、今後も頭の隅に引っかかるでしょう。

 さて繰り返すが、コレをいちばん最初に読んでしまったことは、評者の今後のハインライン作品遍歴の上で、どういう影響をもたらすか?
(といいつつ、実際のところ、あんまし後々まで残らない、次の作品でまた作者の印象が初期化されてしまう、そんな予感もあるのだが・笑。)

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