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ミステリの祭典

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幕が下りてから

作家 ウインストン・グレアム
出版日1970年04月
平均点8.00点
書評数1人

No.1 8点 人並由真
(2022/11/20 16:05登録)
(ネタバレなし)
 1960年代半ばのイギリス。「私」こと元医者で今は劇作家として活動する32歳のモリス・スコットは、創作を始めて6~7年の歳月を経て、ようやく欧州でこの分野での売れっ子といえる人気作家になってきていた。それもみな、7年前に添い遂げて以来、何度もくじけそうになるモリスを、資金面と前向きな言葉で支え続けた7歳年上の妻ハリエットの献身があればこそだった。だが近年は病身となったハリエットは持ち前の明るさを失わないものの、それでも愛妻の病気という現実はスコット夫婦の生活に薄暗い影を落としていく。そんなとき、モリスは、ハリエットの友人ファイヤール伯爵夫人の秘書である、20歳代初めの美しい英仏ハーフの娘アレキサンドラ(サンドラ)・ウィルシャーに出会い、彼女と互いに愛し合うようになるが。

 1965年の英国作品。
 近々、新潮文庫から旧作の発掘として、ウインストン(ウィンストン)・グレアムのCWAゴールデンダガー賞受賞作『罪の壁』が刊行の模様。1955年に初めてゴールデンダガー賞が設置された年の受賞長編で、受賞を競った相手が、リー・ハワードの 『死の逢びき』、マーシュの 『裁きの鱗(オールド・アンの囁き)』、マーゴット・ベネットの『飛ばなかった男』というクセのある? 作品ばっかなので楽しみである(おお! その三冊、全部読んでるぞ! と自分ボメ・笑)。

 とはいえ評者、肝心のグレアムの作品は、邦訳長編が(ヒッチコックが映画化した『マーニイ』を含めて)4冊もあるのに、まだどれも読んでない(汗)。

 つーか、気が付くとこの本サイトにもまだ作家名の登録もなく、旧世紀半ばに活躍した、レギュラー探偵も持ってない? 英国作家なんてこんな扱いだ? という感じだ(涙)。
 
 ということで、たまたま少し前に、古書市の帰りに少し離れた駅のブックオフの100円棚で買った本ポケミスを読んでみる。
 
 物語の前半はまだ青年といえるオトコ主人公を軸にした、三角関係の逆よろめきメロドラマという感じで進行。
 しかしモリス視点で妻のハリエットは悪妻でもなんでもなく、むしろ親の遺した財産を使って窮乏時代の夫婦の生活を支え、さらに劇が不評で落ち込むところを励ましてくれた基本的には良妻というところがミソ。とはいえ完全な聖女などではまったくなく、本当に普通の世間の夫婦のスタンダードイメージ程度には、夫とケンカもするし仲直りして愛らしいところも見せたりする。つまりは人柄的には本当にどこにでもいる、普通の、それなりによく出来た女性。

 とはいえ本作がミステリに転調するからには、この夫婦と愛人の娘、三角関係の一角がどこかで何らかの形で瓦解する流れに突入するのだろうな? と予期しながら読んでいくと……(中略)。
 かくして物語は、後半の二部に雪崩れ込む(ここまでは本レビュー内での言及、ご容赦を)。

 前半の積み重ねたジワジワ感を経たあとだけに、コトが起きてからの後半第二部の緊張感もまた格別で、なるほど筆力がある作家は、こういう(中略)なネタでもグイグイと読者を引き込むのだなと実感。
 作者が何をやりたい、というかミステリという枠内でどういう方向の小説を書きたいのかはおのずと見えてくるのだが、それを承知の上で確かにストーリーテリングは地味ながらうまい。
 ある種のグレイゾーンに置かれたメインキャラクターの心の変遷が渋い、しかしかなりのハイテンションでページをめくるこちらの手と目を捕らえて離さない感じだ。

 まあ意外に読み手を選び、ヒトによっては(中略)などとか片づけられてしまいそうな雰囲気もないではないが、評者的には予想以上に面白かった、というか読みごたえがあった。

 なお読了後にポケミス巻末の作品解説(編集部のH、とあるから太田博=各務三郎か?)を読むと「サイコロジカル・スリラーの傑作」と書かれており、う~ん、そのヒトコトで言いきられると何か大事なニュアンスを掬いきれない。7割は正しいが、あとの3割はどうだろ? という気分が生じ、その後者にどこまでもこだわりたい感じだ。
 
 またやはり読了後にネットの感想を探ると『(中略、本サイトにもそれなりのレビューがある文学史上に残る名作)』を思わせたという主旨の見識もあり、ああ、それはわかるよな……と実感。後半のメインキャラが、ある目的のためにあちこちを徘徊する図など、正にソレであろう。

 いずれにしろ、読んでよかった、という秀作~優秀作。
 これ一本だけでも、それなりに作家グレアムの実力はわかった気がする? まあ新作の前に一冊読んでおくと読んでないとじゃ、大違いだ。
 新刊『罪の壁』の刊行をそっと心待ちにしよう。

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