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ミステリの祭典

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あの墓を掘れ
志田司郎

作家 生島治郎
出版日1971年01月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2022/11/18 05:57登録)
(ネタバレなし)
 兵庫県警を退職し、妻子とも別れた「私」こと志田司郎は、東京に上京。安アパートで無為の日を過ごしながら、そろそろ何か仕事を始めようと考えていた。そんな時、兵庫県警の本部長で司郎の元上司だった草柳啓明から長距離電話で、失踪人を捜索する仕事の紹介がある。捜す相手の名は、天野コンツェルンの現社長・弥一郎の娘の真沙子。親から政略結婚を設定されていた真沙子が家をとびだしたようだった。だが司郎は、昨夜たまたま自宅の近所の酒場で出会った娘が、その当の真沙子だったのではと思い当たる。

 「週刊アサヒ芸能」1967年11月から翌年4月まで連載、6月に徳間書店から刊行された長編で、『追いつめる』に続く志田司郎シリーズの二作目。刑事を辞めて上京し、しかしまだ私立探偵として開業もしていない時期の事件である。
 評者はそれなりに長い付き合いのシリーズキャラクター・志田司郎だが、こういう境遇のシークエンスがあったことはこのたび初めて知った。今回は、一昨日、古書で入手したばかりの、集英社文庫版で読了。

 物語の序盤で出会ったメインヒロインのひとり、天野真沙子と短い縁で一度別れた司郎は、改めて彼女の周辺の人間関係からその足取りを追うが、事態はハイテンポで新たな局面を矢継ぎ早に迎えることになる。この辺は毎回の見せ場を作る雑誌連載作品らしい。

 で、このサイトでも何度もこれまで述べてきたように、評者は世評の高い『追いつめる』がそんなに好きじゃなく、その理由をあえて今の気分での言葉で整理するなら、作品全体のロマンや格調は確かに認める一方、どこか既存の海外ハードボイルドからの借りものっぽさが、かなり強すぎるからだと思う。その「どこか」については、実作を読んだ人には、もしかしたらわかってもらえるかもしれない?

 さて、シリーズ二作目のこちらは、けっこう乱暴というか雑な部分も多く、特に集英社文庫版の139~146ページの描写などは、これが本当にあの志田司郎? 当時の作者は「ハードボイルド」を勘違いしていた? いやもしかしたら、ここまで割り切って冷徹に考えていたのか? と相応のショックを受けた。いずれにせよ、良くも悪くも、安定してからの志田司郎では見られない叙述であった(詳しくは書かないが)。

 後半は事件のなりゆきから、(現実で事実上、トヨタの自治地区になっている豊田市みたいな)とある地方都市に司郎が乗り込んでいくが、それ以降の展開は終盤に至るまで、意外なほどに読み手(評者)の予想を裏切っていく感じでなかなか面白い。
 先に『追いつめる』を借りものとクサしたが、そういう意味ではこちらは色々と粗削りながら、作者のオリジナリティを感じる(もちろん、昭和の同時代のなんらかの作品や現実の事件から影響を受けていて、21世紀の今ではその辺が見えにくくなっている、そんな可能性は見過ごせないものの)。

 あと、思わず「うっ」と唸ったのは、集英社文庫版265ページの某メインキャラとの司郎の関わり。
 そうだ、自分が読みたい、出会いたい「ハードボイルド」の心というのは、こーゆーものなんだよ! という刹那の煌めきがある。これだけで、自分なんかはこの作品をスキになれる。
 志田司郎サーガにおいての、そして生島の多数の著作の、これはたぶんそれらの黎明期ならではの輝きなのだろう、という感じ。作者も主人公キャラクターもまだ若い、熟成してないときだからこそ、こういうのが似合う、ハマる感じだ。あ、もちろんここでは、その辺については具体的に書かないが。

 終盤に暴かれる事件の様相も、はあ、そういうビジョンのものを……といささか驚嘆。昭和の社会派ミステリを意識して取り込んだ気配はあるが、生島がこの時期にこういう文芸ネタに目を向けてるとは結構、意表をつかれた。
 クロージングはやや舌っ足らずだが、そこは却って余韻をもたらす効果を上げている。
 
 前半のうちは、もしかしたら、シリーズ前作の高評の上に胡坐をかいた悪い意味でのチェンジアップ編か? という思いもまったくない訳ではなかった(汗)が、全編を読み終えてみると、むしろシリーズ二作目という名探偵の事件簿連作のポジションを十全に活かした作品という気もする。 
 ただし完成したものはまとまりが悪い部分もないではないので、評点はあえてこの位で。でももちろん『追いつめる』よりはずっとお気に入り(笑)。

 志田司郎シリーズ、長編も悪くない。……というより、これはまあ、先に書いたとおり、シリーズ二作目でこんなのが来た! 的なオモシロさだという気もするけど。

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