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ミステリの祭典

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平和を愛したスパイ

作家 ドナルド・E・ウェストレイク
出版日2022年10月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2022/11/12 15:16登録)
(ネタバレなし)
 1960年代半ばのニューヨーク。朝鮮戦争時代に徴兵反対を掲げて発足した平和団体(実はそれを口実にしたセフレ探しの集団)「市民独立連合」は現在、「私」こと32歳のJ・ユージーン(ジーン)・ラクスフォードが代表を務めていた。17人のメンバーの大半は会費も払わない幽霊会員で、ジーンの周辺には連合の会員だかなんだか微妙な立場の恋人(で、死の商人を父に持つ、美人でいささか頭の弱いお嬢様)のアンジェラ・テン=マークと、友人の弁護士で非会員のマレー・ケッセルバーグがいるだけだ。そんなジーンのもとに、怪しい中年男モーティマー・ユースタリーが来訪。思想や信条を問わず、国内の少人数の政治活動団体に声をかけまくっているというユースタリーは、そんな小規模な組織の力の結集で、何かことを起こそうと考えていた。ジーンは、ユースタリーに誘われるまま、アンジェラとともに、ジーンが主催する集団「新たなる始まり同盟」の集まりに参加するが。

 1966年のアメリカ作品。
 今年、新訳発掘されたウェストレイクの旧作(嬉)の二冊目(さらに嬉)。ユーモアミステリ路線への転換をはかっていた時期の作者が、スパイ小説ブームの渦中のなかで書いた、同ジャンルをからかったような戯作。
 とはいえそれなりにフツーのエスピオナージュ、またはスパイ活劇ものらしい見せ場もふんだんに盛り込まれ、その辺は良いバランスで作品全体が仕上がっている。
(あえていえばジョン・ガードナーのボイジー・オークスものみたいな雰囲気……といってもいいが、それよりは、のちに定型化したウェストレイクのユーモアミステリ路線の原石をスパイ小説の枠内で……というのが一番いいような。)

 巻末の解説でも指摘されているように、読者目線(一人称主人公のジーンの視線)で、物語の興味を牽引する大きな謎(誰が真のスパイか、とか秘密のマクガフィンの所在は? など)は特に用意されていない(あえていえば謎の組織の目的だが、それはそれなりは早く明かされてしまう)。
 物語の大筋は、謎の集団「新たなる~」との接触を経て、さらにまた別の事由からテロ組織? への潜入スパイとなっていくジーンの成り行きの方に重点が置かれる。
 アマチュアのジーンが即席のスパイとなるため特訓を受けるくだりなど、いかにもウェストレイクらしいギャグが豊富(やや薄口だが)で、ここでのちのちの伏線なども張られている。
 登場人物はそれなりに多いが、ジーンが出会うメインキャラの出し入れや運用などは達者で、それなりのサプライズも用意されている。
 ただしのちにケン・フォレットとかクィネルあたりなら、この倍の紙幅で書いただろうなあ、というシークエンスをかなりシンプルに書いちゃってる感じもあり、その辺は読みやすい一方で、物足りない印象もなくもない。

 評者がこれまで読んだウェストレイク作品と比較するなら、個人的には『我輩はカモである』と同程度の佳作、というところか。
 フツーにじゅうぶん楽しめるが、ドートマンダーもの初期編のあの、これでもかこれでもか感を期待すると、ちょっと裏切られるかも。作者が作者だけに、評点は7点に近いこの点数で。
 もちろん翻訳発掘してもらって良かった一冊ではある。

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