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ミステリの祭典

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虹龍異聞
漫画

作家 湊谷夢吉
出版日1988年12月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 クリスティ再読
(2022/11/10 23:17登録)
80年代和製サイバーパンクの話題の続き。
評者は面識はなかったけど、映像関係で夢吉周辺の方とはお付き合いもあった。まあ、80年代にアングラ系の漫画に関心があった人なら知ってる作家だとは思う。70年代をヒッピーで放浪して過ごし、70年代半ばから映画制作や漫画を書き出して、北冬書房の「夜行」を中心に作品発表していた人である。でも1988年に38歳で夭折。漫画家としての活躍は10年弱ほど。それでも80年代初期には戦時下の満州や上海を舞台にした活劇の「魔都の群盲」が「作り込み」の凄さでサブカル系では評判になっていた。
この本は夢吉没後に追悼の意を込めて「魔都の群盲」以降の作品を収録した作品集。ほぼ戦時下の中国に舞台を設定した活劇作品だけの「魔都の群盲」から、同じ戦時下の中国でも、宇宙から飛来した謎の生物が絡むSFネタの「虹龍異聞」や、やはり満州の活劇でも満映を仕切った甘粕正彦が登場する「無用の天地」と題材が広がってきだだけではない。「挫折した青春」にこだわった「私的」な作品から、よりエンタメ的になってきて「大人感」がでてきたところでの夭折で、大変残念がられた作家でもある。つげ義春と夢野久作とブレードランナーが共存しているような作家...

今回取り上げたのは、夢吉の新しい題材としてサイバーパンクを取り上げた「ライプニッツの罠」が収録されていることが大きい。近未来の京都、京都府警特務課、通称「新撰組」に所属の刑事宮戸は、伝説的な開発者&起業家の尾友克巳(大友克洋のモジリ)の依頼で、研究所から脱走したアンドロイドを回収するアルバイトをする。まあだから、映画の「ブレードランナー」に刺激されて書いたことが明白な作品なんだけども、それでも独自の色付けやリアライズがあって、「夢吉作品」にしっかり、なっている。描いたのが84年(雑誌発表は86年)、反射神経の鋭敏さを誉めるべきだと思っている。

僕はオカルティズムや量子力学の安易な東洋思想化には批判的だったのだが、近頃はそうでもなくなったよ

とかね、これは韜晦。「非ノイマン型ホロトロン浮遊メモリ・トレーシングバイオ・シミュレーター・フィードバック・リンケージシステム」とか吹いていてくれている。サイバースペースは特に登場しないが、曼荼羅風のイメージが印象に残る。パンク要素は「ブレードランナー」的な荒廃した「アジア的」な京都。ジャパネスクは言うまでもなし。まあだから、映画「ブレードランナー」が原作には薄いハードボイルド要素を強調したこともあって、「ライプニッツの罠」もSFハードボイルド私立探偵小説、といった格好にはなっている。

あとミステリ的には、「蒼ざめた皇女を視たり」が夢野久作「死後の恋」と同じく、ロシア革命の渦中で殺害されたとされる皇女アナスタシアをめぐる話。ラスプーチンまで登場して、呪力で浮上し飛行する空中戦艦で、アナスタシアが亡命しようとする....幻想性が前に出ていて、この人逆にファンタジックにすることで「リアルにこだわるオタク性」が薄まって一般性が出てくる、という特異な面がある。「幻想性」で成功したのが「ブリキの蚕」で、要するにロボット三等兵な話なんだけども、つげ義春タッチで祝祭性が出ていてちょっとした奇作だと思う。

いやいや、もう少し生きていたらどんな作品を描いただろう、と惜しまれる作家だった。

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