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ミステリの祭典

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渚の蛍火

作家 坂上泉
出版日2022年04月
平均点7.50点
書評数2人

No.2 7点 小原庄助
(2024/01/22 08:07登録)
真栄田太一警部補は、琉球警察の本土復帰特別対策室班長の任についている警察官だ。本土復帰の日が迫ったある夜、真栄田は上層部から呼び出しを受ける。本土復帰に伴う円ドル交換のために、沖縄内のドル札を回収していた銀行の現金輸送車が襲撃され、百万ドルが強奪される事件が発生したという。日本政府は円と交換したドルを欠損することなくアメリカ側に引き渡す約束をしている手前、履行できなければ外交問題に発展しかねない。そのため上層部は、真栄田たち特別対策室の面々に極秘裏に強奪事件の犯人と奪われたドルの行方を捜査せよと命じる。捜査の期限は五月十五日、本土復帰の日だ。
地に足の着いた捜査小説のプロットに、任務遂行型の冒険小説でよく使われるタイムリミット型サスペンスの要素を加えた点が特徴である。しかも真栄田達の捜査は、日本政府はもちろん、沖縄に駐留している米軍に内容を漏らしてはいけないという制約もある。返還前に沖縄という歴史的状況が、刑事たちが捜査を行う上での枷となって緊迫感を生み出しているのだ。
真栄田太一は沖縄出身ではあるが学生時代に東京の大学に留学しており、琉球警察に入った後も警視庁に出向していた経験を持つ。そのため琉球警察内部では彼を快く思わない者たちがいた。こうした周囲の目に晒される中で真栄田の心に芽生えるのは「自分は何者か」という問いである。
捜査小説として、かなり入り組んだ構造を持った真相が提示される点にも着目したい。犯人の行動は一見すると無茶にも思えるのだが、それも沖縄の混沌を背景にすると、この上ない説得力と切実さを持ったものとして受け止めることが出来るだろう。歴史に翻弄された人間の物悲しい背中がそこにはある。

No.1 8点 麝香福郎
(2022/09/28 21:44登録)
作品の舞台は、まさに五十年前、本土復帰直前の沖縄だ。主人公は本土への「留学」のあと、琉球警察に入った若き警部補、真栄田。警察庁への出向から那覇に戻ってきて早々に前代未聞の大事件が勃発する。
円への切り替えのために回収したドル札を運んでいた銀行の現金輸送車が襲われ、百万ドルが強奪されたのだ。外交問題に発展することを恐れた警察上層部は、事件を秘密裏に解決するよう真栄田に命じる。タイムリミット間近に迫った本土復帰の日。真栄田はわずか五人のチームで、推理と捜査に奔走することになる。
スリリングなストーリー展開の合間に、復帰直前の混乱と、人々の暮らしが描かれる。チームの面々の姿も印象的だ。琉球警察が女性警察官を採用していなかったため刑事になれず、事務職員となった新里。警備に当たったデモ隊の中に恋人がいたことで破局し、自分が守っているものは何かと自問する与那覇。石垣出身で直接の戦禍を経験せず、「沖縄人」からも「日本人」からも疎外されていると感じている主人公の真栄田。
彼らは沖縄が強いられた分断ゆえの葛藤と苦悩を抱えている。本書は、そんな彼らと読者とをつなぐ。怒涛の展開を追い、ラストシーンにたどり着くとき、五十年前の彼らを、そして今を思わずにはいられなくなる。

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