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ミステリの祭典

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昆虫図

作家 久生十蘭
出版日1976年01月
平均点8.00点
書評数1人

No.1 8点 小原庄助
(2022/07/14 09:11登録)
表題作の「昆虫図」は短い掌編で、殺した妻を床下に隠し、虫たちが腐臭に群がっても住み続ける男の話。「母子像」では美しすぎる母に恋する少年が戦時中、サイパンの洞窟で餓死よりは心中を選ぶほかの家族たちを見て、すすんで母に絞殺されようとする。「昆虫図」も「母子像」も様式を極めた結構の少し先に、引用のような異常な文が現れる。それは何かに魅せられた者の放心状態。
「予言」の安部は精神病学者の石黒に怨まれ、強力な暗示に錯乱してピストルで己を撃つ。その暗示世界に没入する瞬間、演奏会でありえないものを視る。この無音・無意味の恐ろしさは引用のほかには伝達のしようがない。これを十蘭が書き得たこと、そこにはわずかな偶然性と同時に、ものすごい振り幅の跳躍が介在している。
本書の白眉「ハムレット」は、ハムレットを演じ時空を超えてエリザベス朝を生きる役者と周囲の愛憎劇自体が戯曲ハムレットの批評になりえている。頭で書ける描写ではない。偶然も通じない。十蘭の特異な遍歴の見聞全てを自家の薬籠に入れる以外、現代人に決して書けない。

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