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ミステリの祭典

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世界スパイ小説傑作選1
丸谷才一編

作家 アンソロジー(国内編集者)
出版日不明
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 クリスティ再読
(2022/05/17 08:05登録)
「ダブル・スパイ」「霧の中」とこのところの評者の追跡対象の R.H.デイヴィスの邦訳最後の短編を収録したアンソロをゲット。この短編集に「フランスのどこかで」が入っている。

講談社文庫のこのアンソロ(1978)は、丸谷才一編で3巻出たものの第一弾。表に出ている名前と序文が丸谷才一だけども、常盤新平が全面協力で文庫解説も常盤、なので事実上、丸谷と常盤の共編、と見た方がよくて、「翻訳作品集成」でもそんな風に書かれている。

とはいえ収録作は他で読めるものも多い。スパイ小説は長編が主体だから、アンソロは長編の一部を短編扱いにして...とか編集を工夫する必要がある。

・モーム「売国奴」 例によって「アシェンデン」のエピソード。
・ビアス「悟れる男パーカー・アダスン」 南北戦争で捕虜となった「哲人にして才人だった」スパイと、南軍将軍との会話の妙。
・アンブラー「影の軍団」 第二次大戦開戦前夜のドイツのレジスタンス活動に「飛び入り」したイギリス人外科医の体験。「情報活動の経験が皆無のアンブラーのスパイ小説の特徴は、細部に至るまで正確であることだ」まさにその通りだし、それが一種の「アンチ・スパイ小説」になる面白さよ。
・ウォーレス「コード ナンバー2」 SFっぽい発想でのガジェットの面白味と、意外な通信手段。マンガっぽいといえばその通り。
・ホイートリイ「エスピオナージュ」 「黒魔団」の作者で評者はご贔屓。この人もスパイ活動歴があって、イアン・フレミングの上司だった。遊び人風のスパイ像が007っぽい。
・スティーヴンソン「りんごの樽」 「宝島」の一部。ジム少年がリンゴの樽に入って、シルヴァーの企みを盗み聞きするエピソード。
・チェスタートン「めだたないノッポ」 「ポンド氏の逆説」所収。チェスタートンらしい幻想譚風の話。
・デイヴィス「フランスのどこかで」 職業的な女スパイ、マリー・ゲスラーの一代記、といった体裁の話。女性でもオトコを手玉に取れる「職業」なのがスパイだったりする面白さ。マリーが「スパイ」という職業が「天職」であるあたりが、この短編のリアリティと迫力になっている。
・ドイル「ブルース・パティントン設計図」 言わずと知れた有名作。
・リーコック「あるスパイの暴露」 パロディで〆。

まあだから、他で読める作品がやたらと多いのは「お買い損」だけども、この本でしか読めない作品が出来がいい。やはりリチャード・ハーディング・デイヴィス、驚くほどの実力がある。日本でも埋もれているようで埋もれていない作家だし、英語版 Wikipedia とか見ると 1920年代までは映画の原作に多数採用されている人気作家だったことは間違いない。「リアル・スパイ」の元祖になる作家である。まさに「スパイ小説のオーパーツ」!

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