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ミステリの祭典

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地獄のきれっぱし
私立探偵ジョニー・エープリル

作家 マイク・ロスコオ
出版日不明
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2022/05/05 15:06登録)
(ネタバレなし)
「おれ」ことジョニー・エープリルは、ミズリー州カンザス・シティの私立探偵。仕事は何でもやる。ある日、エープリルの秘書で、美人で聡明だが涙もろいサンディが、貧乏なおばあちゃんが困っているらしいということで金にならない依頼を受けてしまう。美貌の老婦人ミセズ・ウッズの頼みとは、ずっと文通していたサンフランシスコ在住の親友メリー・アン・エドワーズが死んだので、高齢のミセズ・ウッズ自身にかわって、故人が自分に託した遺品を回収してきてほしいというものだ。案の定、報酬はほとんど出ないようで、エープリルがさてどうしようと思っていると、今度は多角経営の実業家アンソニー・マクマーティンが依頼に来た。マクマーティンの頼みは、自分の経営する運送業にサンフランシスコのギャング、マニー・レーンが干渉している気配があるので、現地まで行ってレーン周辺の調査を願うものだ。マクマーティンの依頼のついでに、同じサンフランシスコでのばあちゃんの頼みもこなせると思ったエープリルは、現地に向かう。こんな都合のいい偶然があるのかと心の片隅で疑いながら。
 
 1954年のアメリカ作品。
 ポケミス巻末のN(長島良三)の解説がやや曖昧なのでわかりにくいが、ネットの各種英語記事などを調べると、私立探偵ジョニー・エープリルシリーズのたぶん第三弾。
 作者ロスコオは、日本にはポケミスで二冊しか紹介されなかったマイナー作家だが、エープリルものだけで5作以上の長編? 事件簿があるようである(ほかにノンシリーズもあり)。
 Amazonのデータが例によって不順だが、ポケミスは830番。初版は昭和39年3月31日の刊行。

 しょっぱなから一人称で自分の内面を明け透けに喋りまくるエープリルの描写は、その意味ではまるでハードボイルドではないが、テンポの良い物語に身を任せていると割と早いうちから荒事の場面が続出。特に中盤本人のエープリルの行為は、状況のなかでやむを得ないものとも思うものの、なかなかショッキングだ。
 ある意味では、胸中をあからさまに読者に見せる敷居の低い主人公だけにかえって、凄味を感じさせる。作者はこの辺はたぶん計算しながら、演出しているのだと思う。
 ミステリとしての大枠もある程度は予想がつく一方、それでも真相が暴かれる描写はなかなか衝撃的で、最後に明かされる(中略)のキャラクターもかなり鮮烈。悪事の計画はほかにやりようがあった気もしないではないが、一方でこれはこれで理の通った構想だったこともわかる。
 
 田中小実昌の翻訳は例によって快調(というか、あまりふざけすぎない今回の感じも含めて、かなり感触がいい)。
 石川喬司の当時の翻訳ミステリ評「極楽の鬼(地獄で仏)」では、本作を「30分で読みきれるC級の作品」と軽い扱いだが、いや、実働として30分はムリ(笑)。評者は1時間半~2時間で読み終えた。

 実は先日、たまたまTwitterで本書を話題にして、主人公の内面の葛藤まで見せる知られざるハードボイルド私立探偵小説の秀作だとかなんとか(言葉は不正確)とホメてあるのが気になり、さらにもう一冊、翻訳されたエープリルものの『真夜中の眼』をたまたま先に入手してしまったこともあり、じゃあこちらから……とネットで安い古書を購入したら、期待以上に面白かった。

 可愛くて気立てがいい秘書サンディも魅力的で、エープリルと潜在的に相思相愛だが、おねんねしてしまうと、仕事の上で女房面されそうで面倒だとエープリルが手を出さないというのも、妙なリアリティがあって笑える。
 サンフランシスコでエープリルと協力関係になる人間味のある警部ジョージ・ダグラスや、レギュラーキャラクターらしいカンザス・シティ側の警察官たちもサブキャラクターとして存在感があり、さらにゲストヒロインを始めとする大筋の関係者もそれぞれ印象に残る造形。

 期待以上に面白かったが、翻訳は前述のようにあと一冊のみ(涙)。慌てずにいつかそのうち読みましょう。
 ちなみに本作の作中で、エープリルは以前に別れた(どのような事情で?)女性(恋人? 妻?)として一行だけ「ミシェル」という名を思い出すが、たぶん未訳の初期編2作の中に登場するのであろう。評者がこの彼女の素性を知ることは、たぶんないんだろうな。ハア。

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