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ミステリの祭典

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沈黙の追跡者

作家 笹沢左保
出版日1980年12月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2022/05/04 07:03登録)
(ネタバレなし)
 国内有数の大手観光会社「万福観光」の社長で45歳の姫島大作は、かつて若い頃、自分の雇用主・大川俊太郎が倒れた好機を利用。詐偽同様の手段で大川家の資産を奪い、それをもとに現在の事業を成功させた人物だった。姫島は大川の遺児である美しい娘で23歳の美鈴を後見していたが、情欲に溺れて発作的に彼女をレイプした。そんな姫島は、自家用機「ヒメ号」で九州から東京に向かう予定だが、その日程を変更し、ヒメ号の専属パイロットである32歳の朝日奈順だけが飛行機で東京に向かう。だが飛行機は不慮の燃料漏れを起こして墜落。重傷を負った朝日奈は離島の親切な漁師の夫婦に救われてひと月の静養をするが、心身はほぼ回復したものの、発声が不順な失語症になっていた。やがて朝日奈はひと月前のあの事故の日、姫島が自分とともにヒメ号で離陸し、その後、朝日奈とともに墜落死したことになっていると知る。

 アイリッシュの『黒いカーテン』の記憶喪失設定を、失語症に置換したかのような文芸で展開するサスペンス。
 何者かが姫島を殺し、さらにヒメ号に故障が生じるように工作。朝日奈と姫島がともに墜落死したように偽装するはずだったが、実は姫島が乗っていなかったことを知っている朝日奈が生還したため、謎の悪人が動揺。朝日奈の口封じにかかるという流れである。

 評者は徳間文庫の新装版で読了。ページ数は300ページ以上と普通だが、活字の級数は大きめなこともあって二時間ほどでスラスラ読める。
 全体に大雑把な部分も少なくない(事態がいろんな意味でスムーズに展開しすぎ)が、これは良くも悪くも話のハイペースさを大事にする通例の笹沢作品らしい。断続的な複数のどんでん返しと、ところどころに用意された映像的なシーンとで、それなりに印象に残る仕上がりになっている。
 メインヒロインは3人登場するが、それぞれいかにもいろんな意味で笹沢作品の女性っぽい造形。個々の役どころはここでは言えないが、その辺もちょっと感じ入るものはあった。
 主人公が口がきけず、周囲の者(主にそのヒロインたち)に協力を求めたり、あるいは本当に窮地の場合には奇策で対応したりするので、そこに本作独自のサスペンスが見出せる。あんまり大きなインパクトのあるものはないけれど、それなりにはこの設定は機能しているといえる。
 評点はほんのちょっとだけオマケして、この点数で。悪い作品ではないが、書き手のラフ・プレイもところどこに感じる内容ではある。

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