浴槽の花嫁 世界怪奇実話Ⅰ |
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作家 | 牧逸馬 |
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出版日 | 1992年12月 |
平均点 | 6.00点 |
書評数 | 1人 |
No.1 | 6点 | クリスティ再読 | |
(2022/05/01 10:25登録) まだ書評がないんだ。新青年趣味の最たる作家なんだけどもねえ。全米放浪から帰って森下雨村に見いだされ、わずか10年の作家生活の中で、谷譲次で「めりけんじゃっぷ」、林不忘で「丹下左膳」、そして牧逸馬で「世界怪奇実話」...八面六臂で追いつかない戦前の怪物作家。この教養文庫の解説で「怪物度」ではおさおさ劣らない松本清張さえも脱帽している。 この世界怪奇実話シリーズは、格式がちゃんとある高級総合雑誌「中央公論」の連載。要するに、それまでだって犯罪実録系の怪奇実話なんて、いくらでもある。それらと一線を画す情報量とリアリティ、小説的興趣で今読んでも古びない凄愴さが感じられる。ネタは本書収録のものに限っても、今でも有名なものが多い。ジャック・ザ・リッパー、新妻連続保険殺人で有名な「浴槽の花嫁」、マタ・ハリ、ハノーヴァーの人肉肉屋ハーマン...さらには「タイタニック号」「クリッペン事件」などなど、読者のいわゆる「猟奇事件のジョーシキ」を確立したのがこのシリーズと言っても過言ではないだろうね。 事件が事件だから、なかなかアザトい。でも初出の人名だとアルファベットで表記して、その後はカタカナ、とかそういう小技でリアリティというか臨場感を与えたり、わざと時系列を入れ替えて効果を与えるとか、実話でも作者の「技あり」な部分が目立つ作品である。 が、珍しい美人だったことは伝説ではない。これだけは現実だった。丸味を帯びて、繊細に波動する四肢、身長は六フィート近くもあって、西洋好色家の概念する暖海の人魚だった。インド人の混血児とみずから放送したくらいだ。家系に黒人の血でも混入しているのか、浅黒い琥珀色の皮膚をしていて、それがまた、魅惑を助けて相手の好奇心を唆る。倦い光を放つ、鳶色の大きな眼。強い口唇に漂っている曖昧な微笑。性愛と残忍性の表情。 凄惨なものではなくて、キレイな方(マタ・ハリの容姿)で、文章の実例。ぶっきらぼうに単語を投げ出すようにして、畳みかける独特の迫力のある文体である。筆圧が高すぎて、コレクションだと胸やけしそうだ(苦笑)。 評者的にはパリの社交界に20年にわたって君臨した「詐欺師の女王」ウンベルト夫人の話がナイスだったなあ....いやこの件、凄惨な猟奇事件でもなくて埋もれてしまった話だけど、なるほど、と思わせるリアルな「詐欺のコツ」みたいなものを感じる。ちなみに、ウィリアム・ル・キューをこの話の狂言回しみたいに牧逸馬は使っている。 |