home

ミステリの祭典

login
ナイトメア・アリー 悪夢小路
別題『ナイトメア・アリー』

作家 ウィリアム・リンゼイ・グレシャム
出版日2020年09月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2022/05/10 05:57登録)
(ネタバレなし)
 1930年代のアメリカ。地方巡回のカーニバルショー一座に参加するマジシャンの卵、スタントン(スタン)・カーライルは、年上の読心術師で人妻のジーナとひそかな不倫関係に陥る。占星術師のジーナはハンサムで優しい夫ピートを愛してはいたが、アル中のピートは不能になっていた。だが予期せぬ出来事がスタンとジーナの周辺に生じ、さらにスタンは土地の保安官助手に目を付けられた一座を、修得したばかりの読心術の極意で救ったことで仲間たちの英雄となる。そんなスタンは美貌の芸人の娘モリー・ケーヒルと恋人関係になるが、やがて彼らの前には劇的な明日が待っていた。

 1946年のアメリカ作品。
 2021年に公開の新作映画『ナイトメア・アリー』の原作ということで、日本には映画の公開に合わせて発掘翻訳された旧作クラシックノワール・スリラー。
 翻訳権がすでにパブリック・ドメインになっているということだろうが、2020年に扶桑社から、2022年に早川文庫からそれぞれ別の邦訳が出た。版権フリーの旧作の新訳が別々の出版社からほぼ同時に出るのはさほど珍しいことではないが、ズレが生じたのはたぶんコロナの関係で映画の製作~公開時期の予定が変わったためだろう(つまり結果的に、扶桑社の方が映画の公開に比べてフライングの刊行になり、早川の方がちょっとだけ遅めの刊行になったわけだ?)。
 物語の中盤からは、恋人モリーを内縁の妻として一座を飛び出したスタンの野心と欲望が暴走し、持ち前の読心術を悪用した霊媒詐欺師として悪事を重ねていく、ピカレスクノワールとなる。

 評者が読んだ扶桑社文庫版では500ページ以上の紙幅で、結構長い作品である。スタンの詐欺師遍歴が始まるまでもけっこう長いが、開始されてからもまた長い。
 ただし翻訳は平明な上に、ストーリーは小さいエピソードが波状的に語られる流れなのでサクサク読めてしまう。
 途中、メインキャラ同士の関係性に相応の変化があり、状況が変わるまでには彼らの内面で何かそれなりの事情や変遷があったはずなのだが、その辺はたぶんわざとすっ飛ばして話が進む。それでも読み手としてはあれこれ想像で補えるし、そしてそういう小説との付き合い方もまた、独特の味わいに転じる。うーん、ハイスミスの『太陽がいっぱい』の中盤みたいな作りだ。

 主人公スタンがこれではまともな決着は迎えはしないだろうと思いながら読んでいたが、ラストは、ああ、そう来たか、という感じ。うまいこと小説としてまとまっている。
 広義のイヤミスみたいなドロドロ感もたっぷり味合わさせる作品だが、一方で端正な仕上げぶりを見失わなかったところが、いかにも、本国では殿堂入りしていたという名作クラシックノワールの感じ。

 こないだ亡くなったばかりの藤子不二雄Ⓐ先生(ご冥福をお祈りします)の、ブラック系作品みたいな趣もある。
 とにもかくにも、これはこれで面白かった。
 まあ21世紀の新作で、わざわざこういうものを読みたいとは正直、思わないけれどね。発掘された長らく未訳だった旧作ミステリとしては、こういうのに出会うのもまた楽しい。
 なお今回の新作映画のずっと前の1947年に、邦題『悪魔の往く町』のタイトルで、最初の映画化されていたらしい。主演はあのタイロン・パワー。どっちかと言えば、映画なら先にそっちの方から、観てみたい気もする。

1レコード表示中です 書評