home

ミステリの祭典

login
悪魔を見た処女(おとめ)
パリ警視庁 エミイル・リヒャルド首席警部

作家 エツィオ・デリコ
出版日1946年01月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2022/07/06 05:51登録)
(ネタバレなし)
 1930年代のフランス。ピレネー山脈にある宿泊施設「泉ホテル」は、その日、ひとりの女性を新たな従業員に迎えようとしていた。ホテルに就職したのは、つい先までツールーズ地方の料理店「友の家」の女給だったマリイ・プーパン(愛称「ヌンヌー」)だが、人手が足りてきたので彼女は後見人の紹介で職場を変えたのだ。しかし実はマリイ当人は、6年間も暮らしたツールーズの町を離れることに乗り気でなかった。だがその山中の泉ホテルでその夜、とある常連の宿泊客が何者かに殺される事件が起きる。そんななか、ひとりの目撃者が「犯罪現場の周辺で悪魔を見た」と周囲の人たちに訴えた。

 1940年のイタリア作品。
 作者デリコ(デリッコ)のレギュラー探偵である、パリ警視庁機動捜査隊所属の首席警部(のちに警視?)エミイル・リヒャルド(エミール・リシャール)が登場する第8作目の長編ミステリ(らしい)。

 1936年に開始されたリヒャルドシリーズが作者の本国イタリアではなく、フランス(主にパリ)を舞台としたのは、当時のイタリアがファシスト政権下にあり、国内を舞台にした新作犯罪捜査ミステリの執筆や刊行に制約がかかった現実ゆえの、回避策だったようだ。

 評者は今回、今年の論創社の復刊を読むまで、本作の邦訳が「別冊宝石」にも収録(再録)されているのをまったく失念していた(現物は持っていたのだが)。まあ読みやすいという意味では、今年の新刊ハードカバーの方が俄然ありがたい。

 山中ホテルの殺人事件に始まり、さらに縦横に物語がそして事件が、拡大・展開してゆく筋立ては、なかなか好テンポで楽しめる。
 途中で物語が伏在していたサイドストーリーの方へ流れ込みかけ、その辺がメグレシリーズの某作品を連想させるのも興味深い。
(乱歩が本作を表してシムノンっぽい、と語ってる事由の一端はその辺にもあるだろう。)

 最後まで読むとかなりトリッキィなアイデアを実は用いており、この辺を本当にきちんと、叙述やロジック、伏線などを整合させて仕上げれば結構な秀作になった、という思いもある。
 が、残念ながら、できた実物は、そういったミステリとして練り込む方向に作者はあまり労力をかける気もなかったようで、単に、最後の最後に読者を驚かせて終わってしまっただけであった。
 こういう内容なら本当は、読み手にサプライズを与えつつ、もっと感心させることも可能な作品を作れたと思うんだけれど。

 それでも良い意味で作者のマイペースさを感じさせる、随所に味のある登場人物の描写(中盤で珍妙な隠し芸? を披露するワトスン役の医師ゲオルグ・ミルトンとか、リヒャルドの姉で妙に存在感のあるジュノヴィアとか)などは、キャラクターもののミステリとしての幅で楽しませてくれるようで悪くはない。ラストの数行の、事件終焉後のリヒャルドなりの優しさを感じさせる幕引きも、ちょっと温かい。

 定型のリクエストではあるが、このシリーズの未訳のなかで他にも面白そうな作品がもしあったら、紹介してほしいとも思う。

1レコード表示中です 書評