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ミステリの祭典

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奇人怪人物語
異色読物シリーズ

作家 黒沼健
出版日1987年12月
平均点5.00点
書評数1人

No.1 5点 クリスティ再読
(2022/04/04 09:27登録)
「野獣死すべし」「幻の女」「十二人の評決」「検屍裁判」...こうしてみると、大名作を多数翻訳した翻訳家なんだけども、すべて改訳がなされて黒沼訳のプレゼンスは今はない。出版社が改訳を出すときには、前の翻訳者の許可が必要、というのが慣例だそうだから、前の翻訳者が亡くなってから改訳が出るのが普通なんだけども、黒沼健に限っては1985年の没年の前から改訳が普通に出ていた。翻訳にも悪い評判はあまり聞かないんだけどもね。翻訳者廃業、というような気持ちがあったのかしらん? 推理作家協会でも理事まで務めたが、一風変わった立ち位置だったようにも感じるのだ。

で、評者あたりの世代だと、黒沼健といえばオカルト系実話やら怪獣モノ、円谷でも大名作の「空の大怪獣ラドン」の原作だしね。高木彬光「吸血の祭典」のやりついでで、ちょっと道草したい。実際、怪奇実話というものも、牧逸馬の昔から、広い意味で「探偵小説」の一分野だったと捉えることができる。これが70年代になると「ムー」に代表されるオカルト業界として独立してミステリとは縁が切れることになるのだけども、もともとはSFも含めた「猟奇(奇を猟る)」なジャンルだったわけだ。
本書で扱われるのは心霊手術・交霊術・エメラルドタブレット・宝探し・空飛ぶ円盤....雑多な内容を雑多なままに羅列し、それぞれに特に「オチ」みたいなものがない独特のスタイルが何か懐かしい。たとえば「00作戦」のように第二次大戦下のスパイスリラー風なものも含まれるし、超常現象とその科学的な推測と並べたもの、あるいは単に「奇譚」としかいいようのない皮肉な話...
評者が一番面白かったのは、「悪魔を瓶詰めにした男」。19世紀前半の悪魔学の研究者で「真正なる悪魔学百科事典」という本を出したベルピギエという奇人の話。悪魔を捕えて瓶詰にした、とベルビギエはするんだけども、ノミやシラミの大群に変身してやってきた....わけだから、悪魔といってもタダのノミやシラミだったりする。「彼自身は最後まで悪魔の征服者たる誇りを捨てなかった」けども「征服者、実は被征服者という皮肉な結果になった」。

一口にビリーバーというけども、「信じて信じない」、プロレスを愉しむような微妙なスタンスの取り方がやはりオリジネーターの一人である黒沼健にもうかがわれるのが、妙に面白いあたりである。
ラヴクラフトだって「全然信じていないからこそ、怪奇なものに心惹かれ、精緻に描写できる」って言ってるじゃないの。実話と創作の境界の曖昧模糊としたあわいで戯れるのも一興。

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