home

ミステリの祭典

login
豹の眼

作家 高垣眸
出版日1975年12月
平均点5.00点
書評数1人

No.1 5点 人並由真
(2022/03/14 02:56登録)
(ネタバレなし)
 1926年の初頭。横浜を出てサンフランシスコに向かう老朽貨物船「黒太子(ブラック・プリンス)号」に乗り込んだ日本人の若者・黒田杜夫(モリー)は、船内にひとりの美少女が囚われていることを知った。船のコックで少林寺拳法の達人である謎の老人・張爺(チヤンエー)の助けで、杜夫と少女・錦華は船から逃れる。そしてそのモリー自身にも、驚くべき秘密があった。

 1927年1~12月号の「少年倶楽部」に連載された、戦前の冒険伝奇ジュブナイルの古典。
 評者は今回、1997年の講談社文庫「大衆文学館・文庫コレクション」の一冊(作者の別の作品『龍神丸』と合本)で初読み。

 評者にとって『豹の眼』といえば、1959~60年代に製作放映された白黒テレビ版(宣弘社が『月光仮面』のあとに製作)であり、1980年代のUHF系の再放送ではじめて遭遇。その後、映像ソフトで全38話を観た。
 これが『仮面の忍者 赤影』そのほかの名脚本家、伊上勝の躍進作(現存のクレジットでは名前は確認しがたいが、中身を観れば伊上ティスト全開なので、すぐわかる)で、白黒ドラマ時代の旧作ということを前提に、めっぽう面白い番組だった。

 それでこのたびこの原作の方も読んでみたが、テレビ版では背景となる史実上の文芸設定が「ジンギスカン=義経伝説とそれに関わる秘宝」だったのに対し、原作の主題は「南米インカ帝国の秘宝探しと、その民族的再興」と大きく異なる(!)。
(ほかにもテレビ版はドラマオリジナルの潤色が、数えきれないほどあるが、まあそれはまた別の場で。)

 原作小説は、当時の欧米列強のアジア進出を伺う日本人視点からの、白人勢力を警戒しながら、世界各国の有色人種同士の連携といった理想的な展望も盛り込まれ、思っていた以上に時代色の強い作品だった(まあ、当時の国際情勢的には、こんなものかもしれないが)。

 冒険活劇としては、確実に主人公のポジションにいるべき杜夫が物語の軸になりきれず、話が散漫な印象も少なくない。とにかくストーリーが転がっていく躍動感だけはあるが、一方で、主要な登場人物を思い付きで出しては、新しいキャラクターに作者の興味が悪い意味で移りすぎていく、そんな感じがある。

 ただしミステリ的にちょっと興味深いと思ったのは、この数年後以降に乱歩が複数の長編でやるとあるネタを先んじて、かなり大きなギミックとして中盤から使っていること。本作よりさらに以前に、その種の趣向の前例がないとは現状では断言できないが、ほぼ10年後に「少年俱楽部」誌上に登壇する乱歩が本作に接し、どこかインスパイアを受けていた可能性はあるかもしれない?

 物語=事件の終息後、主人公の杜夫たちの行動の概要を認めた某登場人物が述懐するモノローグが、印象的。杜夫たちの理想と理念が外から相対化され、そして冷静に認知されるクロージングが余韻を残す。

 メディアの違う、そしてアレンジの度合いも大きいものを比べるのもナンだが、『豹の眼』に関してはテレビ版の方がずっと面白い。ただし原作からけっこうネタをあれこれ採取してきているので、そういう興味では、この原典の小説の方も、やはり読んでおいて良かったとは思う。

1レコード表示中です 書評