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ミステリの祭典

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軍靴の響き

作家 半村良
出版日1972年11月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2022/03/07 05:55登録)
(ネタバレなし)
 銀座のクラブ「都」の美人ホステス、31歳の侑子は、心惹かれた男・新藤恒雄の外地での悲劇を知る。新藤は「西イリアン石油」の社員で、インドネシアで発見された大油田の開発に関わっていた。やがて当該の油田から原油を運ぶ大タンカー「東亜丸」がテロリストの災禍に遭い、日本政府は専守防衛を名目に自衛隊の国外派遣が実施される。一方、東京はキャサリン台風以来の悪天候によって水没の危機に晒され、革新派の都知事は苦渋のなかで、自衛隊に都民救済の要請を願い出た。陸自、海自の立場が強くなるなか、活動組織「市民平和同盟」は大規模な停電テロを起こし、右傾化する世情への警鐘を国民に向けて鳴らすが。

 70年代半ばに書かれた、近未来ポリティカルフィクション。少年時代に初めて本作を目にしたときは、題名と表紙(JOY NOVELS版だった)から、日本の右傾化を主題にした一種のディストピアものと直感。リアルな恐怖感を覚えて気になりながらも、そのまま読むことはなかったが、一年ほど前にノンポシェット文庫版をブックオフで見かけて購入。今回、本作の存在を意識してからウン十年目にして、初めて読んでみた。

 本作の主題からして、もちろん日本の軍国化に警鐘を鳴らすメッセージ性は濃厚な作品。
 ただしその辺のテーマは、同じ一人の主人公が全編を通じた蟻地獄的な状況のなかで声高に叫ぶのではなく、物語の構成としては、東京周辺に何人かの主人公格の登場人物が配置されており、それぞれをメインにしたエピソードが連作短編風に書き連ねられていく趣向。
 ウールリッチの『聖アンセルム』とか『運命の宝石』または『黒いアリバイ』みたいな雰囲気に近いものを感じたが、そういえば70年代の半村良の諸作には、どこかアイリッシュ=ウールリッチ作品の面影があった(ミステリマガジンに掲載された名作短編『白鳥の湖』が、日本のアイリッシュのようだ、と当時の読者コーナーで賞賛され、少年時代の評者はその意見に共感を覚えた記憶がある)。

 とはいえ半世紀前の作品として、反戦メッセージに基本的には普遍性を感じる一方、自然災害で一般市民を救う自衛隊の図にまで右傾化の危機感を抱いてしまうのは、さすがに公平ではないだろう(潜在的に、そういう書き方をする余地があるにせよ)。阪神淡路大震災や2011年の震災などでの現実の自衛隊の活躍には、評者なども国民として、普通に衷心、感謝している。

 いずれにせよ、日本の世情に表立った右傾化が生じた際に、さまざまな局面や立場の人々が、それぞれどのような反応や対応を見せるか、のシミュレーションもの、それも良くも悪くも旧作、として読むべき作品。
 それを踏まえた上でなら、2020年代の現在でも、いや、今だからこそ、改めて読む価値はある。

 物語の後半、自衛隊のクーデターを経た日本政府が直接的な徴兵などは実行しないものの、有事になったら優先的に出征させる「予備登録」という制度を青少年に推奨し、それに応じた者に優先的に大企業や大学などへの入社・入学が通りやすくなるという社会システムが築かれるあたりは、まさに昨今の現実の「経済的徴兵制」に通じるものがある。作者の先見性が確か……というより、半世紀前からの普遍性が悪い意味でそのままだよね。
 
 ちなみにかわぐちかいじが本作を、時代設定をアップデートしてコミカライズしていたことは、今回初めて知った(汗)。ネットでそのコミカライズ版の情報をちょっと覗くと、日本共産党が武装化してレジスタンスするくだりとかあるみたいだけど、原作には共産党ほか野党の抵抗活動の影はほぼまったく書かれていない。

 旧作小説としてはそれなりに面白かった(&コワかった)けれど、大味な部分もある。同じ主題でいまこれを新世代の作家が本気で書いたら、とにもかくにも数倍の分量の紙幅には、なってしまうであろう。

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